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一体なんの冗談だ15

「姉さん?」 「すぐそこに整骨院があるから。大丈夫よ、本当に近いから」  誰に言い聞かせてるんだろう。  心臓の音が響く。  バクバクと。  貴方はどれだけ走って探したんだろう。  横顔を見つめる。  汗に濡れて、涙の跡もそのままに。  叫びながら雑踏の中で走り回る姿が浮かぶ。  少し痛んだ胸に湧いたのは、なんていう感情なのか。  あとで聞いてみようと思った。  病院で手当てを受け、包帯を巻いて待合室に並んで座る。  固定された腕が痺れてくる。 「園長に電話したから。もうすぐ迎えが来るわ」  震えた声。  柔らかいソファの感触も忘れて背筋を伸ばして。 「凄くね……凄く怒られちゃった」  えへへ、と笑いを付け加えて。  痛々しい笑いを。 「初めての雅と二人での外出だったのにね。見失って怪我までさせちゃうなんて……駄目な姉さんだね」  顔にかかった髪を払わないのは、弱みを隠せない顔を見せたくないからなのか。 「もしかしたらね……辞めさせられちゃうかもしれないって」  鼓膜に引っかかった文字。 「なんで」  長い沈黙を破った初めの一言に、麻那は堪え切れず嗚咽した。 「だって……雅のこと守ってあげられなかったんだもの。本当は……映画見て、ちょっとご飯でも食べて……楽しい一日になるはずだったのにね。さっき園長に責任をどうとるのって言われてね……私働き始めたばかりだし、代わりはいくらでもいるからって。こんなこと楽園が始まって以来初めての失態だって」  ハンカチを口に当てて話す声は、耳より心臓に響いた。 「辞めるの?」 「……わからない」 「僕の所為で?」  責める意は全くない。  けれど、麻那は世界の終わりを目撃したような絶望を眼に浮かべた。 「そんなことないわ。私の責任よ」 「それでも今日のことがなければ、姉さんは辞めなくていいんだよね」 「雅」  携帯が鳴る。  迎えが来たみたいだ。  麻那は言いかけた口を閉じて、立ち上がった。  玄関まで、無言。  そのまま目も合わせずに車に乗った。 「心配しましたよ、弦宮さん」 「申し訳ありませんでした」 「園長が話があるそうなので、着いたら一階の事務室に行ってくださいね」  よく幼児クラスで見かける女性。  三十歳くらい。  麻那にとっては頼れる先輩。  その口調は、今までより一番冷たかった。

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