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一体なんの冗談だ20

 言い終える前に俺は類沢の胸元にいた。  背中を抱きしめられて。  一瞬のことで、俺は自分がどこにいるのか把握するのに随分かかった。 「る、類沢さん?」 「逃げれるものなら逃げてみて」  耳元で挑発的に囁かれ、かあっと顔に熱が上がる。 「ふざけてるんですかっ」  なんとか動こうとするものの、身を捩じらせるしかできない。  シーツに足を取られ、腕は固定されてるから大した抵抗にならない。  それもすぐに動きを止める。  だって、笑ってないから。  類沢さんが、笑ってないから。  どちらかといえば、泣きそうな儚さを漂わせていたから。  俺は体から力を抜いた。 「……俺でよければ、抱き枕になりますよ」  小声でしかいえない。  こんな恥ずかしいこと。  俺を抱く腕が震える。  顔を上げると、店では見られない笑みがあった。 「笑いすぎです」 「本当に瑞希って癒してくれるよね」 「俺は別に癒す気なんてないですけど」 「くくっ、そうだね」  なんだろう。  この温かさ。  成人した大人二人がベッドの上でクスクス笑って。  呆れるけど、安心する。 「もしもですよ」  俺はつい口を突いて尋ねてしまった。 「麻那さんが現れたら、どうするんですか」  ああ、ほら。  また空気が重くなるのに。  俺はすぐに後悔しながら返事を待つ。 「それはホストのこと? それとも……瑞希のこと?」  瞬きが出来ずに固まる。 「……え?」  類沢の顔がすぐ近くにあって、眼を逸らせなくなる。 「それは勿論」  そこから先が、詰まった。  だって、どっちを訊きたかったのかわからなくなったから。  それに、答えはそう変わらない気もした。  ぐるぐると悩む俺の頭をぐいっと引き寄せ、抱き留める。 「瑞希が悩むことじゃないよ」  頭の上から注がれた言葉は、足先まで浸透した。  俺が悩むことじゃない。  でも、その日は?  意外に近いんじゃないのか。  俺は根拠のない予感にざわついた。  篠田チーフの顔が浮かぶ。  その時、二人は?  シエラは?  オペラは?  歌舞伎町は?  一体、どうなってしまうんだろう。

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