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一体なんの冗談だ23

「煙草が美味しい場所かな」  そう答えた類沢は、こちらを向いてにこりと笑った。  ドアを開けて、土の上に足をそっと下ろす。  すっと肺に流れる新鮮な空気。  わずかな風に波みたいに揺れる木々。  開けた視界からは、東京の街並みが遠くまで見渡せる。 「すっご……」  先に降りた類沢が、景色を眺めて煙草を吸っている。  その後姿が妙に画になっていて、カメラがあったら撮るだろうなと思ってしまった。  細くて長い足。  光を浴びて紫を帯びる髪。  ポケットに片手を入れて立っているだけで、なぜこんなにも魅入られるんだろう。 「瑞希、こっちおいで」  早足で隣に行くと、ちょうど雲の海から太陽が上がってくるところだった。  オレンジの淡い半円が少しずつ大きくなる。 「わあ……」  海辺で見るのも好きだし、山頂で見た日の出は凄かった。  けど、都会で見るのもまた違う美しさがある。  太陽と共に光り始めるビル群。  鏡みたいにガラスや屋根に乱反射して、宝石箱を開いていくような幻想風景。  闇だった路地に新たに道が出来ていく。  コンクリートが姿を現し、車が走り出す音がする。 「類沢さんの秘密基地ですか」  夢心地に東京を眺める。 「そうだね。アフターで来たことはあるけど」 「お客さんとですか……」 「でもこの朝日を見たのは瑞希が初めてかな。大抵夜景を見に来るからね、女性とは」  一瞬曇った心が浮き立つ。 「なんか、嬉しいです」  この光景を見たのは、俺が初めてなんだ。  緩む口を押えて、並んで立つ。  朝の香りと煙草の香りが混ざる。  でも決して不快じゃなくて。  外にいるのに、なんだか類沢さんの家にいるときみたいな落ち着きがあって。  俺は夢の不安が薄れているのに気付いた。 「元気、出ました」 「そう」  白い息を吐く。 「ありがとうございました」  段々と暖かくなる空気。  もうすぐ街が目覚める。 「どういたしまして」  もう、行こうかの響きを含ませて、類沢はそう言った。  

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