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一体なんの冗談だ22
早朝に開いている店もない。
俺は車の助手席でどこに行くのかぼーっと考える。
そもそもあの睡眠時間の少なさで安全運転できるのだろうか。
そんな不安も馬鹿らしいほどに、車は誰もいない道路を心地好く駆ける。
「類沢さん、信号無視ですよ」
赤信号の下を抜ける。
もちろん、対向車も横切る車もいない。
「大丈夫。万が一があっても逃げ切れるから」
「普通万が一って事故とかの方ですけど。警察から逃げる気満々ですね」
欠伸を噛み殺して、ハンドルを切る類沢の横顔を見る。
店に行く時とは違って、化粧もしていないしスーツでもない。
かといって家でゆったりするスタイルでもない。
黒いシャツにスキニーパンツ。
髪も上目にまとめただけ。
横髪が少し垂れているのに目が引かれる。
朝日が差し込み、薄いグラデーションのサングラスをかける。
「なんか、あれですね」
「ナニ」
「絶対喧嘩売ったらいけない感じに見えますね」
「あはははっ。なら、ホストの僕になら喧嘩売れるの?」
「無理ですけど」
笑いながら窓を開ける。
涼しい朝の風が吹き込んで、俺は深く息を吸った。
うん。
気持ちいい。
頭の、髪の毛の先までさっぱりする気がする。
眼を瞑って外に向かい、小さく声を出す。
扇風機にやるみたいに。
「あー……」
類沢がふっと笑う。
子供っぽかったかと口を閉じる。
しかし、予想外にも類沢が真似をして声を出した。
つい振り向いてしまう。
「気持ち良いよね。早朝の感じってさ」
風に髪が靡く。
サングラスの隙間から覗く眼が穏やかに揺れる。
太陽の光を反射して。
なんでこんなにきらきら光るんだろ。
影と光の混ざった蒼い瞳。
「あのさ……」
右手で半笑いを押さえながら類沢が云う。
「集中できないんだけど」
「なにがですかっ?」
つい自分の体を見下ろす。
別にどこも変なところはないと思うが。
「いや。そうじゃなくてさ」
「あっ。窓閉めますか」
「開けたの僕だし」
「ですよね……」
その後も笑みが消えない類沢にどぎまぎしつつ、シートで小さくなる。
まだ家を出て二十分なんて、なにかの冗談のようだ。
「どこに向かってるんですか」
俺は間を持たせるように尋ねる。
ゴーッと音を立てながら、車は坂道を上る。
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