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いくら積んでもあげない05
相変わらず非道やなあ。
汐野は成り行きを視界の端に捕らえながら脳内で溜息を吐く。
あんな成人なりたての青年を追い詰めて。
いや。
いつもに比べれば優しい方か。
この応接間で取引するところから鵜亥はんらしくない。
隣の拷問付き椅子で拘束して自分の意思もないままに契約させるのが常套手段やもんなあ。
まったくうちの女王蜂はんは働き蜂におこぼれもよこさん位働きが完璧やん?
二千万の肩代わりの代わりに働け。
働けやなくて愛玩具なれゆうことやろうに。
巧を思い出して汐野は含み笑いを堪える。
どうなったんかな。
あの二人は。
撃ち殺してしまえば未練も残らなかったやろうに。
敢えて弾を外して苦悩して。
鵜亥はんらしいけどな。
そういう妙に情が移るとこも。
嫌いやないで。
だってそこが慕う理由の一つでもあるわけやし。
「ちょっと、電話してもよろしいですか」
お。
ぼんが動きよった。
「ええ、どうぞ」
そこで引き留めもしない。
だってもう返事なんてわかってるから。
秋倉はんもアホやなあ。
こんな簡単に人を落とせるっていうのに、類沢とかいう一人に十何年も捕らわれて。
病人だって利用する覚悟さえあれば……
手元の資料を見下ろす。
キャッスルの情報がなければ今回のように簡単にことは運ばなかっただろう。
あそこの紫野恵介がいなければ、な。
あいつはこの先どうするんやろ。
店に愛着が湧いとるようなら堺には戻らんだろうし。
シエラを乗っ取る野望もまだあるんだろう。
「汐野」
おっと。
「はい?」
鵜亥が目だけで指示をする。
「わかりました」
これに慣れるのに何年かかったやろ。
おれはこの人から離れん。
恵介のように何年も離れるなんて想像もできん。
おれにとってこの人は恩人で父で親友で神だから。
決して、裏切ったりなんかしない。
部屋から出て廊下を進む。
さあてと。
何日かな。
あちらさんがここに乗り込んでくるのは。
ポキポキと指を鳴らす。
サイレンサーに不満げなあの銃も久しぶりに使ってあげられんかな。
くく。
楽しみやなあ。
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