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いくら積んでもあげない12

 ああ、思い出してしまう。  聖と玲に拉致されたあの時を。 ―お前、自分が類沢の弱点だってわかってるか?―    目を開ける。  え。  灰色の煙が姿を現した。  忍の病気とキャッスル。  名義屋の一件からそれほど経ってないこと。  徐々に大きくなってゆく。  雛谷さんすら知らなかった情報。  即座に派遣された医療チーム。  色を増して。  目の前で眼下のネオンがぐるぐると渦巻くような錯覚に襲われる。  シエラをやめてここで…… 「初めから、俺を」 「おい」  びくりと跳ね上がってしまった。  いつの間にか背後にいた汐野が怪訝そうに眉間にしわを寄せる。 「ここに来てからずっとビクビクしてんな」 「な、なんですか」 「鵜亥はんが来るまでにシャワーでも浴びとけって話や」  見ると汐野の手にはタオルと着替え。 「あ、はい」 「はい? 何の質問もなしかい。度胸があんのか鈍いだけなんか」  それらを受け取ってからやっと思考が戻ってきた。  丁度いい。  汐野に尋ねることがある。 「あの」 「悪いが仕事に戻らんと」 「前にも俺みたいな奴いました?」  踵を返した汐野が固まる。  何かを確認するように間をあけて振り返った。 「……なんてゆうた?」 「だから、前にも俺みたいに突然」 「黙れ」 「え」 「それ以上はおれの前でも鵜亥はんの前でも云うたらただじゃおかんで?」  目を細め、不気味に顔を傾けて。  ゆっくりと汐野が近づく。  禁句だったのか。  尋ねておいて途中で遮るほどに。  そうとは思えないほどの疑問だったのに。 「初夜くらい逆鱗に触れたかないやろ?」 「はい?」 「あーあー。やめろや。おれでさえ言葉にせんよう気ぃつけてんのに」  手をぷらぷらさせながら汐野は出て行った。  静寂がまた降りてくる。  いた。  いたんだ。  俺みたいにいきなり住むことになった人間が。  前にも。  でもきっとその人はもうここにはいないんだろう。  だから、禁句。  だから、なんだ。  それがわかったところで何になる。  いや。  違う。  繋がりそうなんだ。  早く頭を回転させろ。  

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