266 / 341

今別れたらもう二度と11

 その時、二人の間に時間の差など消え去っていた。  十二の少年と、二十三の女が孤児院の花園で並んで座っていた。  あの穏やかな時間と空気が蘇った。  青空と、白い壁。  鮮やかな花と、青々とした草に土の匂い。  今の類沢の脳内に、瑞希はいなかった。  瑞希を知る前の、雅樹を知る前の、篠田と会う前の、秋倉に飼われる前の、小木に声を掛けられる前の、麻耶だけしか知らない少年になっていた。  世界は小さく、二人だけ。  優しさに満ちた声が呼ぶ。 「雅」  類沢は宙を見つめていた目を麻耶に向ける。  眩しいほどの太陽。  それが一瞬にして夜に変わる。  現実に引き戻された二人はハッとするように互いを見て確かめ合った。  五月蠅いほどの喧騒が戻って来る。  心臓が早鐘を打っている。  類沢は震える手で首に触れた。  血流が指を押し返してくる。  今……ホストであることすら忘れていた。  麻耶も同様だった。  肩書など何も持たぬ一人の職員になっていた。  冷汗が二人の背中を伝う。  少し、怖かった。  怖いほどの幻想だった。  あまりに遠いあの頃は。  強すぎる薬のように。  飲み込まれそうなほどに。  そうだ。  これを、知っていたから。  もう一度繋がってしまえば、もう飛び出すことなんて考えもしない満ち足りた夢。  だから、避け続けていた。  しかし、同時に大事に秘めてきた。  捨てられずに。  記憶の底に埋めることなんて出来ずに。  望めばいつだって手に入る場所にあったことを知らないふりして。 「み、やび……」  記憶の中の声と同じ。  神など信じていないが、何故だと問いたくなった。  何故、この人をまた目の前に連れてきたのかと。  雅樹や金原圭吾ではない。  その二人に結びつかせたなにか。  それに対して、だ。  手紙の文字とは何もかもが違う。  濃すぎる、強すぎる誘惑。  いや、誘惑とも少し違う。  欲求?  男娼宿でトップに立ったことも、シエラで上り詰めた地位も全てがどうでもよくなる。  目の前の女性一人さえいれば、それだけで人生に意味が出来る。  そんな確信があった。  そう、そんな気持ちだった。  麻耶が一歩前に出て、腕を上げる。  そのあとの行為から逃げないと、もう戻れなくなりそうと知りつつ、類沢は動けなかった。  細い手が背中に触れる。  

ともだちにシェアしよう!