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夢から覚めました09

―珍しいじゃない、あんたからこの部屋来るなんて―  ババア。  ああ。  あの遠い記憶。 ―ふふ。誰を消したいの?―  誰にでも股開いてその股から俺も産み落としたババア。  それでも、あの時だけは、頼みを聞いてくれた。  柾谷とか言う男を使って。 ―ベツニ。好きねえ、その言葉。あたしは大嫌いよ。逃げ以外の何物でもないじゃない。まあいいわ。あんたともあと一年半の付き合いだから、最後の我儘として聞いてあげる―  別に。  拓の口癖だったからじゃねえ。  なんとなく。  大丈夫、に近いくらい曖昧な便利なこの言葉が、使いやすかったから。  だから…… 「……ん」  目を開けると、暖かい日差しが視界を埋め尽くした。  横たわっていることだけをまず認識する。  真っ白だ。  誰かの手が、頬を触れる。  感触だけで、わかる。 「拓?」  光が弱まり、病室が姿を現してくる。  そこに、総ての焦点を独り占めするかのような奴の顔。 「……忍」 「よお」  口が渇いている。  随分寝てたんだろうな、俺。  どのくらい?  こいつが泣き腫らしても涙が枯れても足りないくらい?  馬鹿面。  相変わらずの馬鹿面。  気が抜ける。  てめえは。  まったく。 「おはよう。忍」 「おう」  頬から手が首元に下がっていく。  ぞくりと指の感触が首筋を伝う。  体が重くて動けないから、為すがままだ。 「……生きてる」 「あ?」  数秒後に、自分の血流が拓の指を押し返している感覚に気づく。  生きてる。  それを確かめるみたいに。  どくどく。  音を立てて。  そうか。  俺、死にかけてたんだっけ。 「生きてるな」  なぜか、視界が一瞬で歪んだ。  止める間もなく溢れた涙のせいだとすぐには気づかなかった。  目じりから伝って耳元を過ぎていく滴。 「……っ」  息が上手くできない。  拓の手が肩に添えられ、抱きしめられる。  ぎゅって。  互いの肩に顔を乗せるみたいに。  心臓を触れ合わせるみたいに。 「ふ……俺生きてんだな」 「ああ、生きてる。忍は生きてる」 「生きてる」 「ここにいる」 「ははっ」 「あははっ」  ばかみてえに。  同じことを言い合って。  何度も。  何度も。  そうでもしなきゃ、涙を止められなくて。  意味もないのに笑った。  始皇帝みたいに笑うババアみてえに。

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