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夢から覚めました12

 キャッスルとシエラ。  その双方のチーフが並んでバーカウンターに腰かける。  適当に世間話をしながら三杯目を飲み干したあと、篠田が苦そうに話し出す。 「紫野恵介がな、いつになったら働かせてくれるのかって何度も店に来ている。お前にも話は行ってるんだろう? 雛谷」  青年のように幼い顔を飲みかけのシャーリーテンプルに向け、溜め息を吐くように笑う。 「んー。そうだねぇ。聞いてましたよ、ずうっと。まー……鵜亥と繋がってたのはショックだったけどねぇ。これでもデビューから結構可愛がってたんですよ」  カラン、と。  どこかの客の酒に氷が沈む音。  そう。  そんな音すら聞こえるくらい静かな店。 「でもねぇ……ほら。オペラで使ってくれるつもりなんでしょう? それならいいかなぁって。紫苑はずっと不機嫌だけどね。そろそろ派閥も整えたし、恵介が抜けても大丈夫になりますよ」  マスターが酒瓶の列の前をコツコツと足音を奏でながら移動する。  二人は何の気なしにその足元を目でゆっくりと追った。 「よろしくお願いしますね」 「……ああ」  長く勤めたホストが他店に移動する。  軋轢を生みかねないからあまり多くはないらしい。  だが、篠田と雛谷は八人集のつながりも関係し、機を見計らいながら問題のないように環境を整えてきた。 「楽しみだなあ、オペラ」 「いつになることか」 「うん……類沢さんが帰ってこない分にはねえ」  マスターの手が止まったが、雛谷は干渉を許さない目線で好奇心を押さえつけた。  情報に通じるマスターはこの手の話題の最新情報を欲し、それを引き出すことに長けている。  でも今はそれをしていい場合じゃない。 「そうだな……噂になってるだろ」 「……まあねえ」  恵介の異動にこれだけ神経を使っておいて、トップの突然の失踪になにもできないなどなんて皮肉だ。  まったく。  篠田は一息吐いて、マスターに自ら声をかけた。 「なあ。あんたいつも雛谷と賭けやってるんだろう? 丁半の」 「……ええ」  意外なコンタクトに店内の馴染み客たちもざわめく。  篠田はにやりと口の端を上げて言った。 「俺とやってくれないか」 「篠田さん……」  雛谷が目を見開いたが、すぐにマスターはダイスとカップを用意した。 「ええ。どうぞ」

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