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夢から覚めました13

「いつも代金を賭けていますが、如何なさいますか?」  篠田はぼんやりとダイスを眺めて、口の端を持ち上げた。  丁半、か。  二十歳の頃よくやった。  あの頃は何を賭けていた?  金なんてみんな無かった。  だから……そうだ。 「俺が勝ったら……オペラの開店日に美味いワインを贈って欲しい。あんたの選ぶのなら相応しいだろうから」  マスターは一瞬驚いたように手を止めたが、すぐにダイスをコップで覆った。 「それは良いですね、ぜひ負けたいくらいだ。でもそれではつまらないですから……私が勝ったら、今夜の客全員を奢っていただきたい」 「え?」  雛谷がキョトンとする。 「それじゃあマスターに得ないじゃん」 「わかった」 「ええー……篠田さん」  わかっていた。  常連で成り立つこの店では、奢りという景気の良いことは逆にやりづらい。  だがきっと大いに盛り上がるだろう。  そのなかで飲むのも悪くない。  類沢につながる情報も得られるかもしれない。  良い賭けだ。  互いに損しない。  ま、考えようだが。  ザッとダイスが混ぜられる。  コップの中で跳ねる音。 「どちらになさいますか?」 「……ん」  無言でマスターの手を見つめる。  それから、雛谷を見る。 「はい?」 「マスター、雛谷に混ぜさせてやってくれないか?」  カラカラ……カラン。  手が止まる。  空気も凍る。  客一同が息を潜めて此方を窺う。  疑い。  それだけじゃない。  純粋に運試しがしたかった。  今だからこそ。  相手が雛谷の敬愛するマスターだからこそだ。 「……いいでしょう」  周りがざわめく。  マスターは篠田から視線を外すことなく、手を離した。 「え。いいの……マスター」 「お願いします」  見る立場というのは初なんだろう。  少し愉しげにカウンターにもたれる。  雛谷は戸惑いながらダイスをシャッフルし始めた。  カラカラ……  転がる。  二つがぶつかり合いながら。  近づき離れて。  あの馬鹿二人のように。  ふ……  ああ。  馬鹿だ。 「どちらになさいますか?」  篠田は静かに笑った。 「サンゾロの丁」

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