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夢から覚めました19
ハンドルの仕組み。
なんで、わかったん?
長い車中移動の中、二人の会話は少なかった。
泣き腫らした眼をパーキングエリアに降りたとき鏡で確認した汐野は、項垂れたままコーヒーを両手に車に戻る。
鵜亥はぼんやりと空を眺めて待っていた。
「ほい。ブラックやろ」
「ああ」
二人で静かに休息を味わう。
目線は合わない。
お互いに自問するように、物思いに耽る。
そんな沈黙が何分続いただろう。
「……汐野」
「なんや」
初めて二人が顔を見合わせる。
鵜亥は言葉を選ぶように、ゆっくりと云った。
「さっきお前が泣いたのを見てな、なんとなく思ったんだ。お前は、俺の元に来てから一度も泣いた姿を見せたことはなかったが……何度も泣いていたんだろうなって」
眼の奥が熱くなる。
「……なんやそれ」
「それでも、今回俺が記憶がおかしくなってからも、お前だけが一番近くで支えてくれているだろ」
むず痒い。
「ありがとうな」
こんなん……
耐えられるわけない。
バッと鵜亥の手からカップを払い、シートを倒して上から押さえつける。
押し倒された鵜亥は、掴まれた肩の痛みに眉を潜めた。
「あ、あんたなあっ!」
叫んだ汐野のネクタイをくいっと引っ張り、二人の唇が触れ合った。
あまりに突然のことに、息が止まる。
緩く開いた口が重なり、舌が絡み合う。
「は、あ……んむ」
シートがギチリと軋む。
狭い車内で、二人はキスに夢中になった。
唇が離れ、鼻が触れ合うほどの距離で見つめ合う。
女王蜂。
本当にこの人に似合うてる。
吐息がぶつかる。
眼を細めて、鵜亥が下から汐野を見上げる。
「お前は変わらないな。出会った時から、いつも欲求不満て顔して」
「なっ……知ってたんか」
「いつの間に俺を押し倒す体格になってたんだ」
するっと首筋を撫でられる。
ぞくぞくする。
いつもは少年に向ける眼が、おれに向いている。
「少しだけ」
「え?」
「少しだけ、覚えていることがあるみたいだ。この五年間のこと」
びくりとする。
まだ、巧の影が……
「お前がいつも、俺の代わりに怒鳴っていたこととか。この車に乗っていたこととか。そんなことだ」
なんや。
それ。
ほんまに。
この人は……
どんなえげつないことしても変わらん。
惹かれて止まん。
「これからもやで」
「そうだな」
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