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夢から覚めました21

「来月で返済終わったら、シエラ辞めますね。俺」  篠田が俯き、数秒して溜め息を吐いた。  手に持ったグラスの冷たさに手が強ばる。 「……類沢が戻ってきたら」  暗い声で。  あるはずもない仮定のように。  ごくりと生唾を呑む。 「それは……いえ、それでもです」  やっと篠田がこちらを向く。  煙草を持った手など忘れたように。 「俺、夢から覚めました」  ぴくりと片眉が上がる。 「はい、そうだ……覚めたんです。元々あり得ないことばかりでした」  初めて訪れた普通の日々。  それが目覚まし、いやもっと強力な、起爆剤になったんだろう。 「歌舞伎町№1の類沢さんに出会って、三ヶ月。あっという間で」 「……だろうな」 「沢山辛かったし……怖いことも沢山あったけど、一生ないようなこともあって」  やばい。  泣きそうだ。  ぐいっと梅酒を飲み干す。  店が終わっても飲むのはあの人の影響に他ならない。 「知らない世界を見ました。皆さんが歩いてきた壮絶な過去も少しだけ見ました」 「卒業式の挨拶じゃないんだぞ」 「はは、そうですね」  束の間の笑顔。  そして沈黙。  篠田チーフとこれだけ話すのは、あの時以来だった。  あの人の過去を聞いたとき。 「……夢か。言い得てるなそれ」 「河南が言ったんです」 「ああ、あの彼女か」 「俺も、言い得てるって思いました」 「夢……そうだな。俺にとってもそうかもしれない。あいつは、俺の夢に必要な……オペラの」  言葉を切って口をつぐむ。  無駄を悟ったように。  悲しい顔で。 「くく……いなくなって気づくけどな、俺の未来の計画には常にあいつが含まれてたんだよなあ」  シエラの先。  未来の計画。  そばにいるはずのパートナー。  相棒。 「もし……」  ああもう。  仮定ばかり。 「もし、類沢さんが戻ってきたら、チーフはどうするんですか」 「さあ」 「え」 「わからない。だってそれはもう俺が知ってる雅じゃないだろうしな」  聞いては、いけなかったかもしれない。  そんな空気が満ちた。 「まあ、とりあえず顔以外を殴るか」 「えっ」 「一発くらいはな?」  ふっと笑って。  俺もつられてしまった。

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