309 / 341

あの店に彼がいるそうです17

 オペラの外では篠田が一人、ある人物のために立って待っていた。  真っ白の、なんの装飾もない仮面を着けて。  映画の主役のように。  腕時計を確認して、夜風を髪で受けながら道の先を見通す。  今宵のVIP。  いったいどんな姿で現れるのか。  車のヘッドライトが道を照らし出す。  低く腹に響くエンジン音が近づく。  鼓膜が先に気づいた。  雅の車だと。  完全に停車してから、降りてきた男に頬が痙攣するのを感じた。  苛ついたのか、憤ったのかはわからない。  久しぶりに見る彼にどんな感情が湧くのかこの瞬間まで予想もなかった。  コツコツと革靴を鳴らして此方に来たかと思うと、助手席の扉に手を掛けて、そこに座る女性を促した。  二人が対峙してからお辞儀をする。 「招待をお受けくださり光栄です。ようこそ、オペラへ」  顔を上げて、ニヤリと口を歪ませる。  髪を襟足程度に切った類沢はワックスでオールバックにしており、シエラにいたときには見たことのないオフィスリーマンのような黒スーツと派手な朱と黄のネクタイ。  対する女性は水色のグラデーションから、裾もとは純白のオフショルダードレス。  黒い羽の仮面は目尻を強調するように鋭く、重ねた歳から放つ迫力ある美しさを見せつける。 「初めまして。弦宮麻那様」 「初めまして」  穏やかな、簡潔な挨拶。  傍らの男の少年期まで育てた麻那と、青年期を育てた篠田の目線の交差にはゾッとする冷たさが混じっていた。 「久しぶりだな。雅」 「……ええ」 「なんだその髪は? 我円の真似か。似合ってねえぞ」  敢えて軽く接する篠田との距離感が浮く。  類沢は薄く笑って、麻那を店内に連れていくよう篠田に頼んだ。  先に接客を済ませ、後ろに控えさせていた晃を呼び寄せて麻那を連れていかせる。  夜の静寂が包む中、並んで車のボンネットにもたれる。 「お前は入ってやらないのか」 「誰に会うというんですか」 「誰がいると思っている?」 「ここに彼がいるそうですね」 「ああ。あの店に彼がいるそうです、ってな。デビュー時代のエースが広めたキャッチコピーだったか」 「また懐かしいものを」  クックッと笑い合う。 「さっきお前を見たときな……」  その感覚を思い出して目を細める。 「殺してやろうか、って言葉が掠めたんだ」  オペラの薔薇窓から溢れてくる暖かい光が揺らぐ。

ともだちにシェアしよう!