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第1話 イケメン滅びろ

うわー……。 前方十メートルの光景を見て、オレは心の中で盛大にため息をついた。 だって廊下の向こうから、我が校きってのイケメン佐々木が、きゃいきゃいと姦しく騒ぐ女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくる。大名行列かよ。 きゃはははは、と女達の黄色い笑い声が廊下に響き渡って、こっちのテンションはだだ下がりだ。向こうの眼中には入ってないって分かってんのになんでダメージ受けるのかな。無差別精神攻撃でデバフかかった気分だわ。 ていうかあの中心にいる佐々木はどんな気分なんだろうなぁ。 チラッと見てみたけど、オレ如きにはイケメン王子の心情なんてものは微塵も想像できなかった。 どんな女にも笑顔を絶やさず、穏やかな口調でいつだって爽やかさ100%の神対応らしいという噂は聞く。でも見たところ嬉しそうでもなければ嫌そうでもない。感情のまったく見えない薄ら寒い笑顔で、話だって聞いてんだか聞いてないんだか分からない感じだ。 なんでアレでモテるんだ。 いや、顔がいいからモテるんだってのは分かってるんだが。 佐々木はイケメンではあるが性格にはなんら特徴がない。多分。物腰は穏やかでむしろおとなしいタイプなのかも知れない。なんせオレなんて同じクラスだってのに、授業であいつが当てられでもしない限り声すら聞いたことがないもんな。 今だって陽キャっぽい女達の集団がデカい声で話しかけているのだけが廊下に響き渡ってて、イケメン王子の声はいっさい聞こえない。それでも会話が進んでいってるっぽいから、多分頷いたり小さな声で返事をしたりはしてるんだろう。 ま、どうでもいいか。イケメン王子のお気持ちなんて、オレには一生分かんねぇだろうし。 っつうかあの集団に関わりたくない。多分おんなじ事を思ったんだろうフツメン共が自然と道を開けるせいで、滞りなく廊下を進んできたその御一行は、オレの手前三メートル地点で足を止めた。 満面の笑顔で女どもが手を振り教室へと入っていく。それを笑顔で見送ってからこっちに歩いてくるイケメン王子とすれ違いたくなくて、やり過ごすべくオレは三叉になっている渡り廊下へと出る事にした。 あーうるさかった。 メンタル落ちた。 デバフの影響でなんか疲れた。 それもこれもイケメン過ぎる王子様が女達に魅了攻撃をかけまくっているせいだ。ほぼ八つ当たりなんだけど、つい、そう思っちゃったんだよな。 そして、口から出ちゃったんだ、うっかりと。あの呪いの言葉が。 「チッ、イケメン滅びろ」 次の瞬間だった。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 そのまま後ろに引っ張られ、背中がドン!と強く壁にぶち当たる。両肩をグッと抑えられて見上げたら、さっき見たばかりの輝くようなイケメンがオレを憎々しげに見下ろしていた。 「ひえっ……」 「うるさいな……」 「へ……?」 「どいつもこいつもイケメン、イケメンって……好きでこんな顔に産まれたんじゃない」 「……っ」 グッと顔が近づいて、ギラギラとした瞳がオレを睨みつける。 コイツってこんなにデカくて、怪力だったの……? 聞いてねぇよ……。 足が竦む。体が震える。なのに恐怖からなのか、ヤツを見上げたまま目を逸らす事が出来なかった。 薄明かりの中で爛々と光る大きくて形のいい目だけを凝視して、どれくらい時間がたったんだろう。急に、オレの肩を掴んでいた手からふっと力が抜けた。 震えていたせいか力が入らなくなっていたらしいオレの膝がガクリと折れる。 「おっと」 咄嗟に、といった風情でオレを支えたイケメン王子が、さっきまでとは打って変わった優しげな表情でオレに囁く。 「ごめんね」 「……っ」 全身をゾクゾクとした何かが走り抜けた。 怖いわ! なんなのコイツ!!! 二重人格!? さっきまで人を殺しそうな顔してたじゃん! 今さらそんな優しそうな笑顔されたってサイコ味しか感じねぇわ! 「イラついてたから、つい心の声が出ちゃったみたいだ。本当にごめん」 謝って、さらににっこりと笑みを深める。恐怖しかない。心の声って言っちゃってるじゃん。めっちゃ本心じゃん。 「……でも、言っとくけど他人に話したりしないでね? 俺、こんなにキレちゃったの初めてだし、誰も信じないと思うから」 うわー……黒い笑顔で予防線張ってきやがる。コイツ、ぱっと見の爽やかさや華やかさと違って、結構腹ん中にはどすグロいモン溜め込んでそうだわ。 こういう適当に発散もできずにどんどん闇を溜め込んでくヤツが、いつかキレて犯罪とか犯しちゃうのかも知れん。せっかくイケメンなのに、業の深いヤツだ。 そう思ったらちょっとだけ可哀想になった。 「言わねぇし、別に」 「そっか、良かった」 ホッとした顔しやがって。脅し慣れてはいないらしい。 「ていうか、イケメンって言われてキレるほど鬱憤が溜まってたのかよ。イケメンも大変なんだな」 言うと、イケメン王子は心底イヤそうな顔をした。

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