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白雨
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昇が伊月と出会ったのは、激しい夕立の中だった。
父で四代目となる窯元で育った昇は、高校卒業と共に本格的に指導を受け始め、もう1年経つ。それ以外でも直売店に顔を出すことも昇の仕事の一つだ。
直売店の店主との世間話を終え、窯元に戻る途中、突如大雨に見舞われた。熱せられた地面を大粒の雨が叩きつけ、コンクリートの匂いが辺りに立ち込める。観光名所であるこの地には公衆トイレが点在していて、ちょうどその屋根の下で雨宿りをしていたとき、同じようにこの夕立に見舞われたひとりの観光客らしい男が足早に昇の元へやって来た。
8月に入ってから毎日気温が30度を超えているというのに、男は七部袖の白いワイシャツと黒のチノパン姿で涼しい顔をしている。日に焼けていない白い肌に雨の水滴が垂れていく様は、余計に彼を華奢に見せた。
男が栗色の髪をかきあげ、そこで目が合う。思わず見つめていたことにそこで気づいた昇は、無意識に目を逸らした。
「雨、よく降りますね」
ふと、声をかけられる。小さく息をのんで男を見ると、彼は柔らかい微笑みを浮かべていた。中性的なそれは、この辺りでは見かけない華やかな雰囲気を纏っている。昇は少しだけ緊張しながらも、穏やかに話すよう努めた。
「……大体いつもこんな感じですよ。多分、すぐ止むと思います」
「この辺の人ですか?」
「まあ。そっちは観光?」
「姉がこっちに嫁いで、夏休みだから遊びに来たんです」
ーー東京から。
最後に付け加えたような単語は、昇にとって興味深いものだった。自分とは縁のない大都会、高校の修学旅行で一度行ったのが初めてだった。人混みも、ビルも、何もかも、自分の住む場所とは別世界のそれに少なからず興奮したものだ。
そんな、別世界に住む人間が、こんな辺鄙な町にやって来たという。昇の目に彼は、とても新鮮な存在に映った。
「夏休みって……学生?」
「そう、大学2年」
「ああ、じゃあ、同い年か」
身長も自分より低く、顔も幼い。てっきり年下と思っていた昇は、男の答えに少し驚いた。ただ、それでも、自分より垢抜けた空気が妙に落ち着かない。こんなど田舎に住む同い年の自分は彼の目にどう映っているのか気になった。
「そっちは?大学生?」
「いや、この近くの窯元で働いてる」
「えっ、じゃあ職人さん?」
「まさか。いまは勉強中」
目を丸くして、興味深そうに見つめられる。昇にとっては東京に住むこの男の方が興味深いものなのに、どこか誇らしく感じる。
「すごい、おれと同い年なのに」
「すごかないよ。ずっと継いでるだけだし」
「へえ……かっこいい」
親の仕事を継ぐことに何ら疑問も抱かなかった昇は、男の言葉に少なからず戸惑いを覚えた。日頃、手際が悪いと叱られることが常である自分に、かっこいいという単語は少しも当てはまらない。
「俺は、都会人のあんたの方がカッコよく見えるけどね」
「おれ?フツーの学生だよ」
「この辺りじゃみんなジャージとかTシャツしか着ないんだぜ」
「おれだって家にいるときはそんなもんだよ」
男との会話は心地よかった。常に微笑みを絶やさず、しっかり目を見て相槌を打つ。肌にまとわりつく湿気など忘れ、2人はしばらくそこに留まった。
「いづき」
ふと女の声がしたのはその時だ。声の方を見ると、傘をさしたショートヘアの女がそばに立っていた。昇と目が合うと女が軽く会釈し、慌ててそれに倣って気づく。よく見ると、女は昇の隣にいる男によく似ていた。きっとこの人が姉なのだと思うのと同時に、男が「姉さん」と呼ぶ。
「傘、持って行かなかったなって思って。はいこれ」
「ありがとう。もう戻ろうとしてたから、一緒に帰ろ」
男が歩き出す。自然な動作で昇を振り返り、優しく微笑む。
「じゃあ、また会えたら」
「ああ、じゃあな」
男は姉と並んで歩いていく。ようやく、雨がまだ降っていることに気がついた。地面を叩きつける雨音だけに包まれた彼が、なぜか1人で歩いているように見えた。
「いづき……」
女が呼んだあの名前、おそらく男の名前だろう。どんな漢字を書くのだろうか、ふと、そう思った。
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