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雨後

* 今日もまた、工房にこもって作品を作っている。伊月がいなくなっても、昇の日常は何一つ変わらなかった。 ただ、彼に出会う前とは変わったことが一つある。それは、彼の作った器の絵付けを毎日丁寧に仕上げていくという、新しい日課ができたことだ。 蝉の声と、茹だるような暑さの中、毎日少しずつ完成へと向かっていく。 初めて出会ったときの微笑みや、一度だけ触れた唇の感触、伊月のひとつひとつを思い浮かべながらの作業は、少し胸が痛みはするけれど、心地よいものだった。 ーー自分より細い体。彼がたくさん食事をしたくなるような、そんな器にしたい。 こうして作業をしているだけで、遠く離れた地にいる伊月と繋がっている気がする。そんな独りよがりの想いにすがりながら、時間が過ぎていった。 完成したのは、伊月が去ってひと月半経った頃である。 黒を基調とした色の中に、銀色の流れるような線を描いた。点々と散りばめられた青がさらにその銀色を際立てる。 銀色はあの夜の月明かり。伊月の儚げな微笑みを照らしていたあの光だ。 ーー全部、過ぎていった。 完成した器を両手に持ち、眺めていただけなのに、無意識に涙が出る。 気づけばもう夏は終わり、秋がやってきた。伊月はもうここにはいない。作品の完成は、彼との繋がりがなくなったことを告げていた。 ーー昇が一緒にいてくれるなら。 あのとき、頷いていればなにか違っていたのだろうか。 過ぎ去った時間へと想いを馳せ、ただ涙を流す。たった数日の出来事、それでも、2度とは戻ってこない。伊月との繋がりが消え、紛らわしていた痛みが腹の底から湧いてくる。 そばにいてやりたいと思ったのは本当だ。けれど、ここでの生活を選んだのも事実だった。 それはきっと伊月も同じだろうと昇は知っている。 涙をぬぐいながら、蜩の声を聞いた。 あの日、送り先として書いてもらった住所。名前を聞いても位置がわからないその遠く離れた場所にいる彼が笑ってくれるようにと、そう願いを込めて昇は完成品を送った。 伊月がいたことを証明するものはもう、ここにはない。

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