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2人が出会うのを待っていたかのように、雨がやむ。街灯のない道を並んでゆっくり歩きながらたどり着いたのは、昨日伊月を見かけたあの岸辺だった。橋の下は雨に濡れておらず、2人はそこに座り込む。 月明かりだけがそこを照らし、聞こえるのは水の音と蜩の声。時折、蛍が草むらの隙間を飛んでいく。 「付き合ってたんだ、あの人と」 先に言葉を発したのは伊月だ。あらかた想像していたことだからか、昇は驚かなかった。 「でも、結局は姉さんと付き合って、結婚して。おれは……2人とも好きだから、それでもいいやって思ってるよ」 月明かりに照らされた伊月の横顔は、言葉とは裏腹に泣いているように見えた。 「だけどあの人は、おれが好きなんだって言う。じゃあなんで結婚したんだろう。好かれるのは嬉しいことのはずなのに、なんだかおれは、自分が惨めで、否定されたみたいだった」 ふと、伊月と目が合って、昇は息をのむ。彼は悲しげに微笑んでいた。 「おれ自身、誰に会うためにここへ来たのかよく分からないんだ。2人は大好きだし、だからこそ、来なきゃよかったって思うよ。でも、もういいんだ」 まるで、今こうして会っていることさえも否定された気がした。昇は苦しくなって、無意識に眉根を寄せる。 「お前は平気なのかよ」 義兄の顔が浮かぶと、怒りが湧いてくる。そんな昇の熱でさえも奪うほど、伊月の笑みは優しかった。 「昇が一緒にいてくれるなら」 ふと、息が止まる。 まっすぐな言葉だった。本気なのかどうかは定かではないが、それでも、昇の口から言葉は出ていかない。 ここでの生活がふと浮かび、よく知らない東京の街並みが浮かび、そして迷わず選ぶのはこの何もない町の方だった。 「俺は……」 言いかけて、終わる。 伊月はまた笑った。 「ごめん、今のは少し、嫌な言い方だった」 かっと、頰が熱くなる。恥じたのか、それとも怒りなのか、どれも正しいようでどれもしっくりこない。 ただ、それよりなにより、悲しいのは間違いなかった。 昇は伊月をまっすぐ見つめ、そして手を重ねる。伊月は拒まなかった。 そっと寄せられた口づけを迷わず受け入れ、重なり合う。触れるだけの一瞬が、ひどく長い時間に思えた。 「昇に会えたことを考えると、来てよかったって思えるよ」 目を伏せて微笑む伊月のその言葉はきっと、さよならの代わりだったのだろう。 淡い熱を置いてきた夜が明け、伊月は昇に別れも告げないまま、東京へ発った。
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