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2.闇市(2)

「はいはい、よってらっしゃい見てらっしゃい、上玉がたんと入荷しましたよ~!」  悲惨なこの場にそぐわない呑気すぎるかけ声に、顔が歪む。  リョウヤたちはれっきとした「人間」だというのに、これじゃあまるで取れたての野菜みたいじゃないか。 「そこのお方お目が高い! なんとこの忌人には四肢がありません。それも、その具合の良さのあまりかつての主人が切らせて使用し続けたとか……どうですか、ちょっと壊れてはいますがその分抵抗も致しません。刺激のない奥様との夜の営みの前に、これで気分を上げてみませんか?」 「こちらの双子は経験人数が豊富ですので、パーティーの前座として全員で使用できますよ」 「ああ、こちらの雌は様々な性癖の顧客用の接待としてお使いになれますが……おひとついかがでしょう」 「なに、使用人が足りなくなってきた? ならこちらのを数体購入なさいますか? これなんてどうでしょう、この逞しい体で3人の子を立て続けに孕み、立派に産み落とした雄の個体ですよ! まさに奇跡の胎です」  おぞましさに怒りに打ち震える。ここにいる奴ら全員クズだ。  石の塀が並び、鉄格子で囲われた檻と檻の間が、黒いカーテンで仕切られただけの野外の店。それらが立ち並ぶ中を、道楽を求める金持ち達が上質な革靴を鳴らしながら悠々と闊歩している。  そして、檻に詰め込まれた忌人たちの中で気に入ったものがあれば、それぞれの檻の店主に声をかけては、忌人を引っ張り檻から出し体をまさぐりながら購入を検討していく。  買い手の決まった忌人は購入者へと引き渡され、諦めと絶望に満ちた表情のまま馬車へと連れていかれる。3つ隣の檻では、小さな体をぷるぷると震わせる双子の少年少女に、「この子たちにしようかねぇ、雄と雌、それぞれ一体ずつほしかったんだよ。こんにちは、今日からは私が君たちのご主人様だよ。大丈夫さ、着る服も部屋も、美味しいものだっていっぱい食べさせてあげるからね」と、猫なで声をかける太った豚もいる。ごちゃごちゃした身なりからしてそれなりの金持ちなのだろうが、付き人と余興がどうのと言っている辺り、きっと人間としては扱われないだろう。見世物になるだけまだましだ。  もちろん、品定めをされている忌人たちの中には、せめて人道的に扱われるようにと体をくねらせて色気や愛らしさを振りまいている者もいるが、それだって好きでやっていることじゃない。  そうしなければ生きていけないのだ。人間らしくありたいと、皆が皆、必死だった。 「おい、店主」  かつんと、ひと際上質な靴音が石畳に響き、空気が変わった。 「はい、ただいま……っと、こりゃあ、チェンバレー様のご子息、いや現当主様じゃないですか。この間は本当に、いや本当にありがとうございました。おかげ様でそちらから購入した絹織物が大変好評でして」  男がすっと手を上げたのが、被せられた布の隙間からちらりと見えた。それだけの動作で、あれだけ口やかましかったガマ蛙にそっくりな店主が黙る。 「くだらん挨拶はいい」  その一言で、かなり地位の高い男であることを察する。高圧的な声は威厳に満ちてはいたが、まだ若い。周囲の金持ち達も、突然現れた青年を遠巻きにしながら、チェンバレー家の……とざわざわしている。そこに込められている感情は尊敬と畏怖と、嫉妬だろうか。かなりの家柄の者らしい。  チェンバレーなんて、いかにも貴族ったらしい嫌味な姓だ。 「は、はい、失礼いたしました。ええと、本日はどのようなご用件で」 「忌人を購入するために」 「なんと! 忌人嫌いで有名な旦那様が珍しいですねぇ。贈呈用でございますか?」    贈呈用というのは、文字通り他家へとプレゼントとして送る忌人のことだ。その家の跡継ぎの性教育用として相手をさせる、ということも横行しているらしい。全く反吐が出る。   「壊れにくく孕みやすく、のちの処理に困らないものを一匹」  ──こいつ最低だ。こんなクズばかりが集まる場所でも、「忌人なんちゃら保護法」が施行されている手前、屋敷に連れていくまでは忌人をそれなりに扱う輩が多いというのに、取り繕う気もないなんて。  リョウヤは一瞬で、この男のことが嫌いになった。

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