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2.闇市(3)

「それでしたら丁度いいのが入っておりますよ。身目麗しく、太すぎず細すぎず体付きも良いものがおひとつ。まだ若く出産経験はありませんが、血統書によりますとこれの母親は最高で4人も生んだそうです! いやあ、忌人にしてはなかなかの逸材です。きっと母親の血を色濃く受け継いでいることでしょう。ここに連れてくるまでも従順でしたし、後の処理も困らないはずです。贈呈用としても申し分のない品質でございます」  手のひらでごまをすりながら、ぺらぺらと口の臭そうなガマ蛙が説明を始めると同時に、斜め前の檻の中にいる子がガタガタと震え始めた。可哀想なほどに顔が蒼白だ。それもそうだろう、あの少年は未経験な上に、この店の中では一番身目麗しく、太すぎず細すぎず体付きも良く年頃もちょうどいいのだから。  にやついたガマ蛙が少年へと近づき、檻が絶望的な音を立てて開けられた。美しい少年の瞳から涙が零れ落ちる。このままじゃあの子がこのヤバそうな青年に売られてしまう。  3日前に、リョウヤが毛布を貸してあげたあの子が。 「う、ぅう、ウッ、ウゥー!!」  口枷を強く噛み、犬のように唸りながら狭い檻に体当たりする。ガマ蛙の視線がリョウヤに向いたので、ガシャガシャと檻を揺らしてだいぶ激しい音を出した。すると、例の青年の靴先もこちらに向いた。 「店主、あれは?」  よし、こっちに興味を示した。リョウヤの購入者は既に他に決まっているらしいので、買い取られるのは数日後だ。たとえ機嫌を損ねても売られることはないのでいい時間稼ぎになる。  この状況であの子を助けることは、無理だ。  だったらひと思いに頭突きでもかまして、忌人は危険なものだと思わせてやる。 「あ、の、あれ、というのは」 「不愉快な唸り声が聞こえる、別檻のあれだ」 「ああ、あれは……その、随分と反抗的でやかましい忌人でして、別の檻に入れて隔離しております。いやはや、数か月前に貧民街から仕入れたものなのですが、あまりにも醜いので買い手も見つからず売れ残っておりまして、はは……」 「見せろ」 「えっ、あ、あの!」  ガマ蛙が静止するのも聞かず、こちらに向かって歩いてきた青年が目の前で立ち止まった。麻袋で顔を隠されているため青年からはリョウヤの顔はよく見えないだろうが、ここからはしっかりと見えた。  ぬくもりも一切感じられない、凍てつくような赤い瞳が。 「あ、あのぅ、旦那様。この忌人は噛み付こうとするわ殴りかかってこようとするわで、扱いにも困っておりまして。なにしろ手足枷と口枷を嵌めても暴れまわるくらいですからね。麻袋を被せてもこの調子です。まだ体もしっかりと洗えておりませんし……いや、失礼致しました。あちらの檻にいる忌人の方がずっと従順で可愛らしく」 「これの麻袋をとれ」 「は?」 「早くしろ」 「いえあの、ですから……」 「ああ、そういえば、僕が一体どういった目的で忌人を買いにきたのかまだ話していなかったな」 「は?」 「僕が求めているのは贈呈用じゃない。孕み腹だ」 「そっ……れ、は」  ガマ蛙の口数が少なくなり、これにはリョウヤも驚いた。  孕み腹とは、つまるところ結婚相手だ。なぜ結婚かというと、結婚証明書を発行できない限り、人が忌人に生ませた子は私生児となり、正式な跡継ぎとして扱えないからだ。それは、忌人なんちゃら保護法によって定められている。表立っては忌人にも地位を引き継ぐ権利を持たせようという試みではあるが、実際のところ、忌人との間に出来た子を実子として扱わないようにさせるためのものである。  忌人に孕ませた子どもを跡継ぎとして育てたい。人がそう望む理由は、ただ一つ。 「ここに入っている小汚いのは稀人(まれびと)だろう? 店主」  青年の冷え切った一言に、ぞくりとする。「稀人」とは、忌人としてくくられてはいるが、ニホンという、ここではないどこか別の世界からやってきた人間のことを言う。  一体どういう原理なのか、二ホンからこの世界へ転移すると、忌人と同じ陰紋が臍の下に浮かび上がり、本来であれば存在しないはずの膣と子宮が形成され、子を成せる体へと変化してしまう。  つまり、忌人と同じ機能を持つ体となるのだ。  忌人と稀人との見分け方は非常に簡単だ。一般的な忌人の髪と目は、オレンジに近い、明るく透けるような茶色だが、稀人のそれはどちらも黒だ。  そして、麻袋で隠されたリョウヤの髪と目も真っ黒だ。  そう。リョウヤは忌人であり、兄と同じく二ホンという異世界から転移してきた稀人でもあった。

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