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29.無自覚(2)*
閉ざされていたリョウヤのまぶたが、ふるりと上がった。唇に押し付けられたものを認識した途端、酷使され続けて腫れた唇がゆっくりと開かれる。
リョウヤは自ら舌を伸ばして、乳を求める赤子のようにちゅうちゅうと男芯の先に吸いついた。
「そうそう、そこを吸って……ほら、指示通りにちゃんとできてるだろう?」
苦虫を、噛み潰したような気分になった。
「……よく、調教されたものだな」
「だろう? おまえが言ってたように攻撃されたりとかは全くなかったよ。ホントに反抗的なのかな? この子」
「いや……」
得意げなマティアスに、自分の歯切れが悪くなっていることは自覚していた。マティアスは少々雑にリョウヤの頭を投げ捨てると、さっさとズボンを履き直してベッドから降りた。
リョウヤを徹底的に痛めつけて屈服させる。アレクシスができなかったことをマティアスはいとも簡単にやってのけた。求めていたことだというのに、喉に飲み込めない何かが張りつくような感覚が抜けない。
なあ友よ、とマティアスがどさりと肩を抱いてきた。
長い時間、リョウヤの肌を這いまわっていたであろうその手に、目がいく。
「もしかして坊や、私のことがタイプなんじゃないのかなぁ……?」
眉間にしわが寄った。
「だって、坊やってば途中からイキたいイキたいって叫んでたもん。あとは──ああそうだ! 私に自ら跨って、気持ちいい気持ちいいって喘ぎながらめちゃくちゃ腰を振りまくったりね。もっと欲しいって駄々こねられちゃって、私がイッても止まらなくてね。ホントに大変だったよ」
「……ほう」
確かに、タイプじゃないとリョウヤに言い切られたこともある。
「私のも美味しかったみたいで、夢中でしゃぶりついてきてねぇ。早くここに入れてくださいって、自分で足を広げて入口を広げてみせたり」
「それが浅ましいのは十分にわかった。それ以上、くだらん話を聞く必要はな」
「そうだ! ちょ~っと提案なんだけど、今私の前で、坊やに試しに挿れてみるかい? 私が隣からきちんと命令すれば、坊やも嫌な顔ひとつせずに、おまえに跨って腰を振りまくるかも──」
「いるか」
ばしりと、肩に乗っていた邪魔な腕を反射的に振り払っていた。マティアスから離れる。
「──どうして?」
「どうしてもこうもあるか。カルナ・ストリートで女を抱いてきた。さすがにもう出るものもでん」
嬉々として語られた話はおぞましく、全くもって聞くに堪えない話ばかりだった。ダン、とサイドテーブルにグラスを置く音が、思いのほか強く響いた。
「カルナってもしかして……相手はベラドンナ か?」
「そうだ」
「ふうん」
「なんだ」
「いやいや、女のカンは鋭いなって話。ルディアナ嬢は騙せても、ベラは厳しいと思うけどねぇ私は」
「……なんの話だ」
「別にィ?」
「貴様」
「まぁまぁ、そうカッカするなよ」
含みのある言い方に牙を剥くが、マティアスはにんまりと笑うばかりだ。こいつのこういうところが嫌なんだ。相手をおちょくることに楽しみを見出しているようなところが。
「そうだ。聞いたんだけど、坊やってお兄さんがいるんだろう?」
「ああ」
「それってもうどっかに売られちゃった? 坊やがすっごく良かったから、私も稀人買いたいんだよね」
「……それの兄はもう死んだ」
リョウヤの兄が本当に実在した人物だったのか、そしてリョウヤの言う通り故人なのかどうかは、今調べさせている最中だ。しかしそれを素直にマティアスに伝える気分にはなれなかった。
「なぁんだ、そうだったのか。残念」
大して残念そうにも見えないマティアスを、外に控えている使用人に帰り支度諸共申しつける。マティアスは普段のねちっこさが嘘のようにさっとコートをはおった。
「じゃあ私はそろそろお暇しようかな。じゃあね、坊や……」
マティアスが、反応のないリョウヤの汗で張り付いた髪をどかし、ちゅ、と耳たぶに口をつけた。キスの時間が、だいぶ長い気がする。
さっさと出て行けと怒鳴りたくなる気持ちを抑え、何度か前髪をくしゃりとかき上げる。
「──ちなみにね、アレクシス。坊や、やっぱり泣かなかったよ」
悠々と部屋を出ていく直前、ぽんと肩を叩かれ耳打ちされた言葉は、耳朶の奥に残った。
「面白い子だね。また暇な時にでも使わせてくれよ?」
バーイ、と手をひらりと振り、マティアスは扉の向こうへと消えた。
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