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33.中央月桂館(2)

「突然なんだ、近い。離れろ」  それでもかまわずぐいぐいと距離を詰める。 「月桂館って、月の館って呼ばれてるとこだろ?」 「そうだが」 「んで、俺以外の稀人がいるところなんだろ? ニホンジンが匿われてるって聞いたんだ!」 「……そんな話、誰から聞いた」 「マティアスだよっ」  アレクシスがすこぶる嫌そうな顔をした。  実際は聞いたというより、読む気のなかった歴史書に該当する単語が細か~く散りばめられていて、それを順々に繋げてみたら文章になったのだ。  なんでも、中央月桂館というところに稀人が1人隔離されているらしい。  そしてにわかには信じがたい話だが、その稀人は枷なども付けられておらず自由気ままに暮らしているというのだ。マティアス曰く、稀人を妻に持つアレクシスであればその稀人との面会も叶うだろうと。  なので、リョウヤは話題を出すタイミングをずっと計っていた。 「俺、ナギサにいちゃん以外の稀人と会ったことないんだ。もしかしたら、その人から二ホンの話とか詳しく聞けるかもしんねーし、その人も帰る方法探してたらなんかわかるかも……お願い、俺も連れてって!」 「却下だ」  即答過ぎる。少しは考える素振りを見せろ。 「なんで!? ちょとだけ、ちょっと会って話すだけでいいから、長く時間も取らないから、ねぇ!」 「それを許可するかどうかは僕の裁量だ」 「俺を乗せたら馬車が汚れるってんだったら、こっから走ってくから!」 「馬鹿か? 馬車で行っても2時間はかかる距離だぞ」 「走れるよ、俺、結構体力あるもん。少なくともあんたよりは」 「で、そのまま逃亡する気か」 「だぁからぁ、そんなことしないってば。絶対戻ってくるって、いい加減に信じろよ」 「貴様のどこを信じろと?」    ふん、と不機嫌も露わに鼻を鳴らされ、呆れた。駄目だ、これじゃあ埒が明かない。言葉の端々に、リョウヤに対する猜疑心が詰まりまくっている。こうなったらかくなる上は。   「じゃあ信じてもらうために、今からあんたのをしゃぶってみせようか?」  ばっと、弾かれたようにアレクシスがこちらを見た。ようやくまともに目があった。 「いーよ、マティアスに散々鍛えられたしね。それともまた前みたいに俺のこと何人かで犯す? 構わないよ俺は。あんたが望むのならストリップショーでも裸踊りでもなんでもやってやるよ」  返答に詰まっているアレクシスに畳みかける。本気だった。  もちろん、2人がかりでいたぶられたあの日は本当に辛かった。あの後、一週間はまともに起き上がれなかったくらいだ。また同じようなことをされれば、今度こそリョウヤの体は使い物にならなくなるかもしれない。  けれどもせっかくのチャンスなのだ。何をされても諦めるつもりはない。 「ここまで言っても駄目だったら、俺はもう二度とあんたに足を開かないからな。ううん、開かないどころじゃないよ。手あたり次第に噛み付いて暴れまわって、最終的にはこの館に火い付けてやるからな!」    長らく至近距離で睨み合う。何十秒か、何分か。リョウヤの覚悟が伝わったのだろう、無言の攻防の末、アレクシスが折れた。   「……面会時間は、30分だ」 「──ホントにっ?」 「だが、それ以上は認めん。逃げる算段でも立てられたら厄介だからな、僕も傍で見張らせてもらうぞ」 「うん、それでもいいよっ、ありがとうアレク……!」  よかったぁと、ほっとして頬が緩む。アレクシスがわずかばかり目を見張り、リョウヤの顔面を凝視してきた。 「……なに? 俺の顔になんかついてる?」  朝食の欠片でもついているのかとぺろりと唇を舐めとってみた瞬間、今度は勢いよく顔を逸らされた。 「汚物を見せるな」 「……は?」  汚物ってなんだ……もしかして舌のことか? 「息が臭い。部屋に悪臭が満ちる前にさっさと出ていけ。これ以上おまえと話すことはない」 「わ」  胸を押し返されたことで後ろによろめく。夜の行為や怒っている時以外で、アレクシスの方から触れられるだなんて滅多にないことだ。リョウヤと同じ空間にいることがよっぽど不快なのだろう。だがそれはこっちだって同じだ。それに、せっかく素直に礼を言ってやったというのに、言うに事欠いて息が臭いだと? 一日3回しっかりと磨いているし、自分で言うのもなんだが歯並びだっていい。それなのに臭うというのなら、おかしいのはこいつの鼻だ。   「なんだよ、先に引き留めてきたのはそっちだろ、言われなくても出てくよ」    いーっと自慢の歯を見せつけてから、今度こそ踵を返す。バァンと大げさな音を立てて扉を閉めてやったのは、リョウヤなりのささやかな反撃だった。  一方、リョウヤが去った部屋では。  俯き加減で、リョウヤの胸に触れた手袋越しの手のひらを、じっと見つめるアレクシスがいた。

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