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33.中央月桂館(5)

「すっごくすっごく会いたかったよ」 「ふうん、俺はぜったいぜったい会いたくなかったよ」 「言うねぇ。実は君たちのことはずっと見てたんだ」 「いつから?」 「坊やが柱に寄りかかるか壁に寄りかかるか迷ってる時から」  それは、最初からと言う。 「……見てたんなら最初から助けてよ」 「そうしてあげたいのは山々だったんだけど、それじゃあ面白くないだろう?」  あんたも大概相変わらずだなと、口の中だけでマティアスを罵る。 「あのそばかすドラ息子と知り合いなの?」 「まあね、スクールで隣席になったぐらいのその他大勢の1人ではあったけど……ヴェルナーは、ちょっとした諸事情でアレクシスを目の敵にしていてね」 「諸事情ってなに?」 「聞きたいかい?」  質問を質問で返すようなやり方は好きではない。   「言いたくないんなら別にいいよ」 「大した話じゃないんだけど、彼が惚れまくって貢いでる娼婦が、長らくアレクシスの愛人なんだよ」 「うっっわ、すっごいどうでもいい情報」  本当に、大した話じゃない上に聞かなくてもいい話題だった。   「あれ、嫉妬しないのかな? 坊やの愛しい旦那様の恋人の話だけど」 「興味ないね。3日にいっぺんぐらいそっちに行けばいいのに」  正直、ルディアナという本命がいるのにも関わらずそうやって他の女性に手を出すのはどうかと思うが、金持ちの男というのはそういうものだ。本人も愛人はいると言っていたし……はたと思いつく。  もしかして、ここ暫く寝室に呼ばれなかったのはそれが理由だろうか。  長らくリョウヤとしかしてこなかったから、愛人の体が恋しくなっていたというのならばありうる。馬車の音は聞こえてこなかったが、夜はずっと愛人宅に向かっていたのかもしれない。 「はは、やっぱり坊やは坊やだね。あとは……月桂館に簡単に出入りできるのが気に入らないんだろうねぇ、爵位も持っていないくせにって」 「え、ここって貴族以外は立ち入り禁止とかだったりすんの?」 「そうだよ」 「じゃあ、なんで」 「チェンバレー家は特別さ」  マティアスが威張ることでもないだろうに。  だが、なるほど。チェンバレー家が貴族社会においても一目置かれる存在だというのは本当らしい。   「でも、なにも変わってなくて嬉しいよ──あの後、体の方は大丈夫だったかな……?」  肩にするりと指を回され、耳朶に直接吹き込むようにささやかれる。   「本当はね、とーっても心配してたんだ。随分と、無茶をさせてしまったからねぇ……」    こうして顔を合わせるのは、2人がかりでめちゃくちゃにされた日以来だった。だからさっきは、体が追い付いていかなかったのだ。予想外のマティアスの登場に。 「へえ、自覚はあったんだ。股は痛いわ腰は怠いわ熱は下がらないわ寝込むわで、もちろん最悪だったよ。しばらくガニ股で歩かなきゃいけなかった俺の気持ちわかる? あーあ、いっぺん同じ目にあわせてやりたいね……でも、さっきは助けてくれたし、あんたのおかげでニホンジンと会えることになったから、その点に関しては感謝してる。ありがと」  マティアスがおや、という顔をした。   「でもさ、あのクソ長い本に暗号散りばめてきたのはどうかと思うぜ。解読するのに一週間以上かかったんだからな──って、なに?」  まじまじと顔を覗き込まれたので、じとりと睨みつける。 「うーん……坊やって、やっぱり私のことがタイプだったりするのかな?」 「……なにがやっぱりなのかぜんっぜんわかんねーんだけど」 「私のことどう思う?」 「クソ野郎で性格の悪いクソ野郎!」    あ、クソ野郎って2回言ってしまった。いいか、クソ野郎なのは事実なんだから。   「それだけ?」 「それ以外のなにがあんの?」  まさか自分は性格がいいとでも思っているのだろうか、この性格破綻者は。 「いや、なんというかちょっと反応が予想外で。もっと怯えてくれるかと思ってたんだけどなぁ」

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