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第2話 俺ら、付き合ってみっか?(4)
保健室に駆け込んだところ、養護教諭は不在だったが鍵はかかっていなかった。とりあえず、犬塚をベッドに寝かせて様子を見ることにしたのだが、目を覚ました彼から話を聞けば何ということはない。
「……そりゃあ、息すんの我慢してたら頭もクラクラしてくるよな」
不破はため息交じりに呟く。どうやら軽い酸欠状態に陥ってしまったらしい。
「す、すみません。全然わかんなくて恥ずかしい……」
か細く言って、犬塚は頭まで布団に潜り込む。よほど恥ずかしいようだ。
ぽんぽん、と不破が布団の山を叩くと、「うう~」というくぐもった声が聞こえてきた。
「いや、俺も悪かったな。ついがっついちまった」
布団越しに犬塚の体を撫でながら、こちらも謝罪の言葉を口にする。まさか自分がここまで夢中になるとは思ってもみなかったが――それも、同性の後輩相手に。
(にしても、コイツもこんなになって応えてくるとはな……昨日のことといい)
そんなことを考えつつ、目の前にある塊を眺めていたら、犬塚の顔が半分だけ出てきた。
不破と目が合うと、犬塚は一瞬にして頬を赤く染める。それから、すぐにまた顔を隠そうとしたのだが、不破がすかさずそれを制した。
「待て待てっ、なにも隠れなくたっていーだろ!」
「だ、だってだって! 先輩、もう俺の気持ち、気づいてるでしょ!?」
犬塚は涙目になりながら訴える。
確かに彼の言うとおり、不破は薄々感づきつつあった。犬塚の行動はどう考えたって、特別な好意を抱いている相手に対するものだ。《自称舎弟》とはいっても度が過ぎているし、なにもそこまでする義理はないだろう。
不破が黙っていたら、犬塚は観念したかのように眉尻を下げた。
「あのね、先輩。『一目惚れした』って前に言ったじゃないですか? 俺だって、最初は同じ男として憧れてのことだと思ったんです」
でも、違ったんだ――そう続けて、犬塚はどこか切なげに笑った。
「いつも先輩のこと考えるようになっちゃって。もっと一緒にいたいな、もっと近づきたいな……って気持ちでいっぱいで。それで、気づいたんです」
そこで一度言葉を切って、小さく深呼吸する。そして、まっすぐにこちらを見ながら再び口を開いた。
「俺ね、好きなんです。不破先輩のこと――」
「……っ」
想いを告げられると同時に、不破の心臓が大きく跳ね上がる。少し擦れたところのある不破にとって、彼の純粋な好意はあまりにも眩しかった。
「ごめんなさい。先輩があんなことしてくるから……今の俺、ヘンに期待しちゃってます。もしかしたら先輩も、って……すごく、すごくドキドキしちゃって止まらないんです」
瞳を潤ませつつ、犬塚はさらに続ける。
今まで感じたことのない初めての感覚だった。何故、彼の言葉はこんなにも胸を打ってくるのだろう――答えは単純明快だ。どこまでも純粋無垢な犬塚に、こちらの心も洗われていくようで、不破は素直にその感情と向き合うことにした。
「犬塚。お前、マジで可愛すぎんだろ」
おもむろにベッドの上へ乗り上げて、小さな体を抱き寄せる。
犬塚は身を預けながらも、不安そうにこちらの様子をうかがってきた。であれば、はっきりと言葉にするまでだ。
「俺も犬塚のことが好きだ、つってんの」
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