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lip08

 撒いたところで息を整える。  乱れた服を整え、しゃがみこむ。  怖かった。  本当に怖かった。  腕に顔を埋めて泣く。  なんで僕は外に出てしまったんだろう。  ネットと違って危険だらけの外に。  ふらふらと駅に戻る。  改札口に覚えのある影を見て、背筋が凍りついた。  あの痴漢が血走った目で辺りを鋭く見回している。  僕を、探して。  すっと口を手が塞いだ。 「静かに。西口から行けば問題ないから」  翔が汗をかいた顔でそこにいた。  手を引いて、安全な方へと導く。  足が上手く動かない僕を心配して、歩調を合わせて。  また目頭が熱くなる。  今は、この大きな手を信じるしかなかった。 「なんで帰んなかったの?」  切符を手にした翔に尋ねる。 「だってあんたが死にそうな顔して出て行くから。あのままだと連れ去られてもおかしくなかった」  なんで。  僕がどうなろうとアナタになんの関係があるんだ。  そう言う代わりに、僕は彼の裾を掴んだ。  振り向いた翔に謝る。 「……助けてくれたのに、ごめん」 「気にしなくていいよ。無事で良かった。あ、いや、無事じゃないか」 「え?」  意味がわからず彼を見上げると、目を逸らされてしまった。  ああ、そうか。  こうしてまた離れるんだ。  また35℃の世界に僕は戻る。  あの、安全で退屈な日々に。  目当ての駅に着き、二人で降りる。 「じゃあ、ありがとう」  足を踏み出すと同時に世界が反転した。  また、彼の腕の中にいた。 「ちょ、ちょっと」  ギュウウッと朝より強く抱き締められる。  沢山人がいる中で。  僕は顔が紅潮するのを感じた。 「放しっ」 「好きだ」  耳元ではっきり聞こえた言葉。  全ての雑音が消える。 「何言って……」 「俺以外の男を全員消してでも手に入れたいんだ」  熱が上がる。  平熱を脱して、僕はぼーっとした。 「勘違いしてない?」  翔が僕を離す。 「女の子じゃないんだよ?」 「百も承知」  その言い方に笑ってしまう。  それから右手で唇を触れられた。 「……先に奪っとけば良かった」  耳まで紅くなる。 「だから、僕は」 「男だな」  先回りされて、唇を噛む。  本当に何考えてるんだ。  僕なんかに構っちゃって。  モテるだろうに。 「楓って呼んでいいか」

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