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touch06

「パスポートは?」  男がバックを見下ろす。 「依頼品は一つですよ」 「おかしいな。四人分、パスポートも頼んだはずだが」  冷たい風が吹く。 「電話を掛けてもいいですか」 「ええ。確認してください」  俺は携帯を取り出し、自分の家に掛ける。 「ああ、フランです。今回依頼されましたパスポートが届いていないのですが……ええ。先方はそばにいます。はい」  適当に演じて切る。 「申し訳ありません。明朝お届けしてもよろしいでしょうか」  相手の表情が変わる。  怒りじゃない。  怯えと焦り。 「明朝……? 困りますよ」  困るだろうな。  こういう業界は簡単に命を奪われるから。 「今すぐ手配出来ないんですか」 「ええ」  さあ、頷け。  早く鵜亥に伝えろ。  車を走らせながら、眩暈がする。  なぜこんなことをしたんだ。  多分、あの男以上に自分の方が生きる可能性を絶たれた。  何のために?  信号でハンドルを殴る。  これで七年続いたこの仕事も終わりだ。  銀行で金を全て下ろす。  すぐに半分は外貨に変える。  仕事用の口座はもう凍結されてしまった。  あの男か。  いや、鵜亥だな。  うちの会社に連絡をとれるのは鵜亥並みの人間しかいない。  となると……家に帰るのは自殺行為だな。  車がたどり着いたのは、鵜亥のビルだった。  降りようか迷う。  このパスポートを渡らせたくない。  だが、すぐに他社に頼んで手に入れるだろう。  ただの時間稼ぎにしかならない。  脳裏に浮かぶ青年。  ダッシュボードから銃を取り出す。  依頼人が部屋で息絶えていた時に拝借したものだ。  考えれば俺は結構綱渡りしている。  小さく笑い、ドアを開けた。 「離せっ」  鼓膜がその叫びを捕らえたのは、足が地面に着いた瞬間だった。 「謝ったやんか」  意外でもなかった。  そんな気がしていた。  巧がいた。  ぶつかって絡まれたんだろうか。  隠れもせずに近づく。 「何しているんですか」  驚いたのは巧だ。 「な……なんや、お前」  自分に問いたい。  そして、今に至る。  明け方に巧を連れ出して、とりあえず喫茶店に落ち着いたものの、特に案もなく時間だけが過ぎる。 「あんな、そろそろ鵜亥さんとこ帰らなあかんねん」 「売られに?」 「え……」  やっぱり知らなかった。

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