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touch07
「な……ん、やソレ」
訳を聞いた後のショックは大きいようだ。
車の中で巧は震える。
艶のある黒髪を掻き毟る。
目は見開いたまま。
「んなわけないやんか……鵜亥さんがオレを……そんなわけっ」
「家は?」
巧がその質問を認識するまで時間がかかった。
微かに首を振る。
「鵜亥さんに拾われたんか」
「そうやっ」
苛々した声。
「鵜亥さんが信用できるか」
「できるに決まっ……」
言葉が切れる。
可哀相だな。
子は親に逆らえない。
ペットは主人に逆らえない。
俺は煙草をくわえた。
火を点けて、真実を語る。
「あの鵜亥って男はな、堺でも有名な人身売買の組織の一味だ。最近は港も警戒を強めている。密航よりもずっと安全な、パスポートで堂々と外国に渡らせて、日本よりも網目が広い国で売る。それが奴の手口だ」
「ちょっと黙れやっ!」
好きなだけ叫べばいい。
この車は防音だ。
帰りたいなら帰ればいい。
俺はどうこうする権利もない。
仕事と命の保証と引き換えに救った青年。
この先どうなろうと彼の自由だ。
ブツブツと何かを唱える巧。
今は俺がいるのも忘れているかもしれないな。
自嘲の笑いが洩れる。
「お前は大丈夫なんか」
長い沈黙のあと、巧が言った。
まさか第一声がそれとは。
「なにが?」
「鵜亥さんは……怖いで?」
「知ってる」
ああ、よく知ってる。
うちの同僚も六人消えた。
消された。
順番巡って俺の番だった。
まさか死神までついてくるとはね。
「ぅう――! くっそ! どないせぇっちゅうねんっ」
「逃げれば?」
ポカンと俺を見る。
まさに犬小屋の犬に言ったら同じ反応をしそうだ。
思いつきもしなかったって顔。
阿呆面。
「わざわざ奴隷になりに戻るよりかはよっぽどマシだろ」
「標準語やめぇや」
「仕事柄こっちが慣れていてね」
頬を膨らませて、腕を組む。
深くにも、可愛いなどと思ってしまった。
父親のような気分だ。
息子がやんちゃして、そこから更正させる。
「よっし、決めた」
大きく息を吐き出し、巧は真顔になる。
なにを言うつもりかな。
白い煙が漂う中で、つぎの台詞を待つ。
「オレを買うてくれへんか」
「……は?」
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