38 / 86
touch08
巧が笑いもせずに続ける。
「戻ったら死ぬんやろ。オレ金ないし、家もない。なぁ、ええやろ? それに、声かけたんは救ってくれるからやないんか」
救ってくれるから?
そうなのか。
俺はこの青年を救いたいのか。
わざわざ命を晒してまで。
「悪いが、俺も家はないんだ」
「金はあるんやな」
揚げ足を取るのが上手い。
短い沈黙。
どちらでも良かった。
一人で逃げるのも。
二人で逃げるのも。
「とりあえず県外に行くぞ」
巧は力強く頷いた。
高速を通るのは気が引ける。
かといって下を走ればいつになることか。
悩みながらハンドルを切る。
「オレの他にもな、鵜亥さんのお気に入りはおるんや」
「なら、一人逃げても大丈夫か?」
「そういう意味やない。オレのせいであの三人……」
拳を握る。
「友達か?」
「……一応な」
右折をして、暗い道に入る。
この辺は地元民はあまり使わない。
最近出来た、裏道。
「あとで助けに来ればいい」
「あとって?」
「マフィアのトップにでもなって、鵜亥なんて眉一つ動かさずに撃てるようになってからだ」
「むちゃくちゃや」
「そのくらいの意気でいろ」
巧が窓にもたれる。
流れる景色をどういう気持ちで見ているのか。
「あんな、久しぶりなん」
「なにが」
「助手席」
カタコトに呟く。
その表情は暗い。
「いつもな、後ろで手錠付けて……こう、縛られて」
ジェスチャーをするが、すぐにやめた。
「鵜亥さんは、いつでもオレをそばに置きたがってな」
それ以上は話したくないのか。
巧は目を瞑った。
まだ安息は遠い。
俺は道路の向こうに止まる車に鳥肌が立った。
「来たで」
「あんの運び屋」
鵜亥は、黙ってヘッドライトを眺める。
逃げ切れる気だろうか。
あのフランという男。
「撃ってええの?」
「はよはよ」
それを手で制する。
不満が渦巻く。
全く、血の気が多い連中だ。
「鵜亥さんっ」
「汐野、タイヤ狙え」
声を掛けた人物が億劫そうに立ち上がる。
飲んでいたビールの缶を潰して。
「タイヤっすか」
銃口を近づいてくる車に向ける。
「タイヤだ」
ふっと笑って引き金を引いた。
銃声は響かない。
その代わり、車が大きくスリップした。
「サイレンサーやで」
ともだちにシェアしよう!