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touch12
頭が痛い。
「あのな、俺は別にそう言って欲しくてお前を拾った訳じゃないんだ」
「め……迷惑なん?」
世界が終わったみたいな顔。
ため息を吐く。
「そうじゃなくて」
「命の恩人に惚れたらあかんの?」
「そうでもなくて」
「信じてないんやね」
巧の声色が変わった。
「せやね。オレなんか鵜亥さんの性処理やったし、気持ち悪いわな」
ヨロヨロと階段に後ずさる。
手すりを掴み、ズルッと腰から崩れた。
「巧」
「触んなやっ」
パッと二年前が蘇る。
警戒心剥き出しだったころの巧。
唇を噛み締めて。
痛みを我慢して。
変わらない。
「オレ、出てくわ」
立ち上がる。
「フられたんに一緒にいられるほど強くないわ」
階段を上りかけて、また崩れた。
「そんな泣いて出て行かれても困るんだが」
床に涙が零れる。
「せやから標準語嫌いやねん」
壁に爪を立てる。
ガリガリと。
「偉そうにしくさって……人を馬鹿にして、訛っとると全部軽く見よるんや」
「別にそう思ったことはない」
「無意識なんやろ」
ハンカチを渡す。
奪い取るようにして、顔を覆った。
流石にもうわんわん泣かないか。
「……卑怯者」
「そうか?」
「年上ぶって」
「七歳年上だからな」
「偉そうに」
「仕方ない」
「好きやっ」
不意打ちか。
口角が持ち上がってしまう。
ハンカチの隙間から目だけ出して、じーっと見てくる。
効いたか、効いたかと窺うように。
「わかった」
キョトンと首を傾げる。
「戒だ」
「か……い?」
「名前」
ハンカチが落ちる。
パアッと明るくなる。
「戒、戒……戒!」
「連呼するな」
「ハイ!」
シュバッと手を上げる。
「なんですか、巧さん」
「質問です。戒さんはー、オレのことどう思ってはるんですか」
茶髪を優しく梳く。
傷痕を撫でる。
真っ直ぐな顔をした巧。
二年で、やっぱり変わった。
強くなった。
「それは」
キラキラと目を輝かせる。
その頭をポンと叩いた。
「鵜亥に勝ってからな」
「はあ? なんやソレ~!」
俺は立ち上がり玄関に向かう。
「どこ行くんっ」
「仕事」
「浮気すんなや!」
振り返って笑う。
「しないよ、奥さん」
閉まった扉の向こうで崩れ落ちる音がした。
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