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dear05

 部屋に戻り、夕食の準備をする。  当番制で今日は俺なのだ。  トントン……  人参を刻みながら、腰にかかる重みを我慢する。  トント…… 「ふーっ」  ガコンと包丁がスベリ、俺は耳に手を当てて振り向いた。  息を吹き掛けた口のままの奴がいる。 「なんっっなんですか、さっきから!」  満面の笑みの亜廉が腰に手を回して首を傾げる。  ちなみに俺の腰だ。 「なに作ってるのかな~って」 「だったらカウンターの前から覗けばいいでしょ。危ないんですよもうっ」 「ちょっとちょっと」  向けられた刃先を手でおさえながら亜廉が後ずさる。 「ボクまで料理しないでよ」 「しませんよ、面倒くさいっ」 「ボクまで料理……あ、これって凄く卑猥な誘い文句じゃない? ねぇ、龍」  疲れた。  今日はやけにしつこかった。  ソファーにもたれて床に座る。  携帯をいじっていると、亜廉が濡れた髪を豪快に拭きながら出てきた。 「最高のお風呂だったよー。でも二人で入りたかったなぁ」 「丁重にお断りします」 「もしかして」  タオルを髪に巻き付ける。  額が見えるとまた違う印象。 「アノ日?」 「どの日ですか」  本当に脳みそ何で出来ているんだろう。  俺の隣のソファに腰かける。  水滴が床に垂れた。  足の指先でそれをなぞる。 「龍」 「なんです」  俺は器用にくねる指から目を離す。  突然うなじから髪をかきあげられた。  ざわりとした感触に背中が反応する。 「可愛いよね~」 「からかわないでください」  その手を払うが、ぞくぞくは消えない。 「龍の髪ってサラサラだね。女の子みたいに天使の輪もあるし……あ。龍は天使だったの?」 「もう天使でいいです……」  一瞬の沈黙。  ばっと後ろから首に抱きつかれる。  亜廉の顔が至近距離にある。 「せ、せんぱい?」  耳元に唇を押し付けるようにして、彼は甘く囁いた。 「天使は願いをきいてくれるよね」 「なっ」

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