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reach07

「あんたが救わなくても、きっと奴らがおれを迎えに来たはずなんだ。だから、今度おれが死にかけても無視してよ」 「それは……」  かろうじて出た声を押し出す。  光樹が扉に手を掛けながら振り返る。 「無理な、相談だ」  泣きそうに笑って。  そうまでしてどこに行かなきゃいけないのか。 「ありがとね」  音が消える。  静寂の中、閉じた扉を一瞥して脱力する。  全部が幻覚だったみたいなぼんやりとした灰色の世界。  厚い雲に垂れ流しの雨。  俺は天井を見上げながら唇をなぞった。  まだ、唾液に濡れた唇を。  夢じゃない。  確かにいた。  悪魔とも天使ともとれる青年。 「光樹……」  何歳だとか。  どこに住んでるとか。  なにが好きかとか。  何にも知らない関係なのに。  媚薬盛られて好きに弄ばれたこの感じはなんだ。  静かに笑う。  それから眼を閉じた。  凛という男に会ったのは、その二週間後だった。  正確には十二日後だが、どうでもいい。 「よお、雨男」  その日も雨だった。  突然来訪した不躾な男に顔をしかめたが、光樹の名前が出てきて立ち止まったんだ。 「なんで俺の家、知ってんの」 「あいつが大事に持ってたメモに書いてあってな」  そこで凜はドアのチェーンを指で叩く。 「開けてくれないか?」 「あんたが光樹の関係者なら尚更いやだね」  低く笑うと、長い指で鎖を掴む。  その根元を器用に外し、持ち上げた。  チャリン。  支えを失った鎖が壁にぶつかる。 「外せるなら訊くな」  毒づくと同時に、乱暴に扉が放たれる。  凜の後ろにいた男たちが部屋に押し入ってきた。 「なんだ……」  面倒事に巻き込まれる予感にうんざりする。  腕を締められ、無理やり跪かされる。  膝が痛い。  見上げる形になった凜がほくそ笑む。 「光樹が雨男に会いたがっててな」 「関係ない」 「そういうな」 「関わりたくないんだよ」 「もう既に関係者だよ、雨男」  ガツンと。  容赦ない気絶のさせ方だな。  光樹とは天と地の差だ。

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