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finger03

 億劫そうに椅子から立ち上がる。 「桃ちゃん禿げた?」 「冗談でも許さんからな」  楽屋を出ながら帯乃はカラカラ笑った。  二十六歳。  たまに見せる無邪気さが桃木は逆に空恐ろしかった。  五歳も離れていると言うのに。  身長は帯乃の方が三センチほど高い。  百八十。  届かなかった自分には羨ましい。  スタジオの袖に向かう。  メンバーが視界に入った瞬間。 「一人違う」  流石。  早速気づいた。  バックダンサーの五人組の一人が代わっているのだ。  営業モードになった帯乃がツカツカと歩み寄る。 「オビ、今日よろしくな」 「おせーよ」 「オビさん、どうも」 「今日早いな」  いつものメンバーと言葉を交わしてから新人に近づく。  百六十二。  絶対音感ならぬ絶対測定力とでも言おうか。  帯乃は見たものの大きさを一瞬で読み取る。 「はじめまして」  あえて圧力的に手を差し出す。  小柄な相手はおどおどとお辞儀した。 「はっ、はい! ケントさんの代理ダンサーになりましたタヤと申します」 「ツタヤ?」 「タヤですっ」  むっとしながら握手に応じたタヤは、まるで中学生だった。  細くて軟らかいブラウンの巻きっ毛。  長い睫毛。  シャープな顎ライン。  少年か。 「何歳だ」 「今年二十三です」  嘘だろ。  帯乃は口のなかで呟き、にこりと微笑んだ。  挨拶は終わり。  収録だ。  メンバーが汗だくで帰っていくのを見送り、ライトが消えていくスタジオの真ん中に腰掛ける。  人気芸人とトークやゲームをやってから新曲の披露をする。  今回のcrazyladyはダンスパートが激しかった。  代理なんてとても勤まらないと思っていた分、視界の隅で踊るタヤはなかなかのものだった。  小さい身体のどこからというほどの体力と、目を引くキレで画面に映えた。  司会にもいじられていたな。 「お疲れさまでーす」 「オビさん、閉めますよ」 「桃ちゃんに鍵渡して」 「わかりましたー」  長年の付き合いのスタッフは、このあと収録がないこのスタジオを帯乃に委ねていた。  十五分。  この沈黙がいい。  つい今まで何十人が番組を作り上げるのに必死だった空間が静止している。  良い。  ガチャン。  桃木かと思い、開いた扉を見る。

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