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1.天上の音楽・序
俺は最近不思議な夢を見るようになった。
朝、目覚まし時計の音を止め、起き上がる。
これで何度目だ。
深い森。
彷徨って見つけた一軒の家。
純和風の、今時珍しい家屋。
その中に入ると、奥から歌が聞こえてくる。
男の声とも女の声とも取れる曖昧な歌声。
俺はその声のする方を求めて彷徨うが、その姿を見つけられず目を覚ます。
そんな夢が何度か続いた。
ただ少し気になることがあった。
少しずつ、その歌声のする方へ近づけている気がするのだ。
そう思うと少し怖くなる。
でもここまで来たらどんな人が歌っているのか知りたい。
そんな思いが交錯した。
俺はまた森の中を歩いていた。
もう先にあるものは分かっている。
俺はまたいつものように和風の家屋に入り込んだ。
家の間取りは大体分かってきた。
あと覗いていないのは、一番奥の部屋だけ。
俺はその先へ足を踏み入れた。
薄暗い中で寝転ぶ人影があった。
寝転びながら、歌を歌い続けている。
そっと近づいた。
相手は俺の存在に気づいていない。
俺はもっと近づいた。
相手は歌い続ける。
男だった。
短い髪の、純和風な感じの青年だった。
薄暗いからよくは分からないが、端整な顔立ちをしているような気がした。
そしてなぜか女物の着物の『様な』物を着ていた。
着物に似ているが、どこかが日本のものとは違う。
どこかの民族衣装なのだろうか?
そんな赤い衣を無造作に、体をくるむだけのように着崩していた。
細い鎖骨と、ふくらはぎがはだけた衣から見えていた。
俺は彼の隣に腰を下ろした。
彼は気づいていないのだろうか?
それとも気に留めていないだけなのだろうか?
彼はただひたすら歌い続ける。
透き通った中性的な声で歌い続ける。
綺麗な声だった。
そこで目が覚めた。
それから俺はおかしくなった。
何をしていても彼の歌声が聞こえる。
耳には聞こえない。
脳に直接響く。
それは『聞こえる』と言うより、『感じる』に近い状態だった。
あの歌はなんなのだろうか?
どこでも聴いたことのない歌だ。
ただ日本語なのは確かだったので、そこから日本の歌だということだけが判断できた。
また夢を見た。
鬱蒼とした森。
その奥にある一軒家。
飽きるほど見せられている光景。
俺は勝手にその家に入る。
そして奥の部屋まで一直線に進んだ。
彼がまた歌っていた。
透き通る声。
わらべ歌の様な優しい歌。
俺はまた彼の横に腰を下ろした。
彼はやはり歌い続ける。
ただ天井を仰ぎ、歌い続けていた。
目が見えていないのか?
そう思い、上を向いて放り出されている彼の掌に触れた。
ぴくっと彼の指が反応した。
しばらくの静寂。
しかしまた彼は歌いはじめた。
鳴りやまない歌声。
寝ても覚めても俺の脳で響く歌声。
もうやめてくれ!
俺は彼の口を塞いだ。
確かに綺麗な歌声だ。
でも、ずっとずっと聞かされるこっちの身にもなれ!
綺麗だからといって、ずっと同じ音が脳で鳴るんだぞ!
いや、綺麗だからこそ余計性質が悪い。
おかげで何も手につかない。
彼は顔色一つ変えず、俺に口を塞がれていた。
抵抗する素振りも見せない。
どちらかと言うと、何が起こったのか分からない、といった様子だ。
本当に、目が見えていないのか…?
俺は彼の顔を覗き込んだ。
かなり近いところまで彼の顔に近づく。
彼の目は動かない。
じっと、自分の先にあるものを見ていた。
俺の中で嫌な感情が巻き起こった。
人を苛々させておいて、ずっと自己の世界で歌い続ける男。
何か仕返しが必要だと思った。
どろどろとした黒いものが俺の胸部を埋め尽くしていた。
手を離し、彼にキスをした。
少し隙を与えると、すぐ歌いだそうとするので何度も唇を唇で塞いだ。
そのたびに、男は歌えない理由が理解できない、といった顔をした。
唇が重なるたびに湿った音が響く。
少しずつ深くなるキス。
彼の髪を撫でた。
彼は放り出された人形の様に、ずっと天井を仰ぐばかりで。
そんな彼にまたキスを始める。
不思議だ。
どろどろとした感情が少しずつ浄化される。
でも、それに変わって次は毒々しい赤が俺の中に広がる。
彼の纏う衣に似た、少し暗い赤。
衣の裾を開き、彼の足に触れた。
男にしては柔らかい、滑らかな感触だ。
その内腿に触れ、足を割る。
無表情のまま、ぴくん、と彼の背が跳ねた。
キスを繰り返しながら、内腿の感触を弄び、その奥にあるものに触れた。
微かな空気だけの引き攣るような声が彼の口から漏れる。
時々柔らかな、でもどこか獣じみた声が放たれる。
とてつもなく卑猥な声に、俺の感情が昂る。
際どい場所に触れてやれば、一度だけ大きく頭を振って好がる。
浅い息を繰り返し、手の甲を口に当て、喘ぎ声を隠そうとする。
俺はその手を払い除けた。
もっと、もっと喘げ。
その声を欲望のままにぶちまけろ。
少しずつ俺の中の獣が目を覚ます。
喉をやっと通るほどの細い声を、呼吸とともに何度も上げる。
歌声よりずっと官能的な甘い声。
彼の愛液が俺の手を濡らす。
いっぱいになった欲望から次々に溢れ出して。
それを受け止める俺の指はぐっしょり濡れて。
俺はその指を彼の秘部へ押し当てた。
掠れた悲鳴とともに、彼の背が大きく跳ねた。
俺の腕を掴んで、藻掻くように呼吸をしようとする姿にまた煽られる。
欲望に引き摺られながら困惑した表情を見せる彼は、まだ何も知らないように見えた。
でもその身体は、全てを教え込まれたように敏感な反応を見せる。
その表情と身体が不釣合いで、逆にそそられる。
彼が柔らかな音を奏でながら呼吸する。
その呼吸すら止めてしまおうと、一瞬だけ不意のキスをする。
すると彼は一度リズムを狂わせられた呼吸に、苦しそうな声を上げる。
俺は柔らかくなった彼の中へ自分を埋め込んだ。
彼の背が弓なりになり、嬌声が上がった。
必死に繰り返す呼吸の中で、欲望のままに声を上げる。
与えられる快楽のままに上がる甘い声。
男のものとも、女のものともつかない魅惑的な声。
瞳を覗き込むと、そこにもう困惑の色は見られなかった。
ただ享楽に溺れた淫らな色を映す。
唇は淫靡な音だけを奏で、すっかり歌を忘れ。
俺が彼を揺り動かすたびに上がる声が掠れた。
そんな時、彼の目が初めて俺の目を捉えた。
孵化して間もない雛鳥が、初めて親を見たような瞳。
でもその瞳はすぐに色を変え。
享楽に溺れた色で、彼はにっこりと笑った。
そして、俺の汗ばむ髪に触れると、そのまま俺を引き寄せた。
もっと。
もっと、して。
もっと、抱いて。
俺の耳元に浅い呼吸だけが伝わる。
でも、俺の耳には確かにそう聞こえていた。
男でありながら、女の様な存在。
聖者の様でありながら、新しい玩具を手に入れた子供の様で。
そのグロテスクな存在を、欲望のままに突き上げた。
貪るように。
何もかもを忘れて。
紅潮する彼を抱いて、また瞳を覗く。
熱を帯びて、本能のままに流れ落ちる涙を舌で掬い上げると、また彼の唇から音が漏れた。
そしてまた彼と目を合わせると、彼に引き寄せられるままにキスをした。
彼の躰内にどろっとしたものをぶち撒け、それとともに俺は意識をなくした。
目覚めは散々だった。
下着はベトベトだし、身体はまだ反応したまま。
取り残された熱ばかりが身体を取り巻いて『処理』に困った。
それから数日後の夜、俺は暇つぶしでネットサーフィンをしていた。
ふとしたことから覗いたサイトに上げられていた動画に目が行き、何気なく俺はその動画を再生した。
なぜ観ようと思ったのか分からない。ただ、何となく気になったのだ。
その動画の音を、聞いてみたくなったのだ。
声を聴いた瞬間、俺の胸が得体の知れないもので殴られた。
この声、この声だ!
歌っている歌は違うけど、確かにこの声だ!
間違いない!
俺は誰が歌っているのか調べた。
その結果、あるアマチュアのシンガーソングライターのものであることが分かった。
動画の再生回数から人気であることは覗えるが、それでもプロじゃない。
なぜ、そんな人の歌を俺が知っているのか。
全く理解できなかった。
ヘッドホンで彼の歌に耳を傾ける。
澄んで、柔らかくて、どこか艶かしい声。
こんな声をした生身の人間がこの世にいるのか、と衝撃を覚えるとともに、どこか怖くなる。
友達にこんな声をした奴はいない。
つまり友達でした、というオチはない。
でも彼の声は俺の夢に鮮明に現れる。
一体、俺とこの人は何で繋がっているのだろう。
不思議な不安に苛まれながらも、今は彼の歌声に囚われるしかなかった。
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