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第1話
あの時、俺は首を横に振ったアイツの気持ちを信じた。
今まで、アイツに出したサインへ首を振られたことはなかった。
インコース低めのカーブ玉を要求したのだが、アイツは首を3回振った。
3回はストレートでいきたいという意思表示。塁を埋められて、残りワンアウトで勝利できるという状況に、俺も頭に血がのぼっていた。
県大会、決勝戦。
これに勝てば甲子園出場できるのだ。
焦りもあるし、あと1球という緊張感が増している。
フォアボールでも出したら、押し出しになる。
俺は彼の視線を受け止め、再度サインを出し直した。
何度も何度も、バッテリーを組んでから繰り返してきた動作。
ストレート、ど真ん中。彼の瞳の要求通りに返す。
鋭い彼の瞳が獲物をとらえるかのように光り、マウンド上で力強く大きく見える。
投げた球数は150を超えていて、もう既に限界値だというのにそれをまったく感じさせなかった。
垂れ落ちる汗と振りかぶられた腕。
もっと、この勇姿を見ていたい。もっとこの球を、受け止めたい。
気持ちが昂り、放たれた高速の球を目で追いかける。
灼熱の太陽が球に跳ね返り、目の前のバットがふられると、カキンと耳を劈くような音が響く。
大きくアーチを描いた、綺麗な伸び筋の弾丸が、チームメイトたちの頭上を飛び越えていくのに、俺は立ちあがり腕を伸ばす。
あれは、俺が受け止める球だったはずなのに。
遠く、遠く伸びていく白い光に俺は膝を土についた。
俺たちの夢が、全部そこにつまっていたのに。
手を伸ばしても、届かないところへと飛んでいくそれを見上げて、俺の目の前のホームに駆け込んでくる足音をなす術も無く見送った。
俺たちの夏が、終わった瞬間だった。
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