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第13話 藍に乱点(3)

 僕たちの学校は一応進学校で、生徒全員に夏季講習の参加が義務づけられているから、夏休みらしい夏休みはあまりない。  朝補習がないぶん、ふだんよりのんびりできる時間割だが、講習が終って部活で泳いで校門を出るのは、いつもと同じに七時くらいになる。  急いで先輩の家に着いたときにはまだ周りがよく見えるほど明るくて、浴衣やじんべえを着た人たちが八幡神社に向かっているのが見えた。若い人が多いように見えた輝国と違って、地元のお祭りらしく、親子連れや子ども同士で歩いている人が目立つ。 「純生、制服で行くの?」  先輩の部屋にカバンを置かせてもらったところで、黄色いTシャツにジーンズの先輩が頭を少し傾けて不満そうに言った。  そういえば、家の近所の夏祭りに行くときは、僕も私服だ。制服のほうが逆に目立つ。 「でも、着替え持ってきてませんし……」  僕は汗くさくなった制服のシャツの襟をつまんだ。 「じゃあ、俺の服を着ていけばいいよ。サイズは同じくらいだろ? ついでだからシャワー使っていけば?」  部活でシャワーは使ったから必要ない気もしたが、先輩がご機嫌で風呂場に誘導するので断り切れなかった。おまけに僕のシャツまで脱がそうとする。それはさすがに、自分でできますからと断った。途中でも「シャンプーどれかわかる?」とか、顔を出す。見ればわかるんだけどなあ。アホの子だと思われてるんだろうか。 「ねえねえ、やっぱりさ」  石鹸派のうちとは違う、いい匂いのボディソープで体を洗っていると、風呂の入口がまたガラッと開いた。 「浴衣着てみない? 純生って、浴衣似合うと思うんだ」  実は、僕は浴衣を着たことがない。初孫だった兄は小学生のころ祖母に作ってもらったらしいのだが、すぐにバカでかくなった成長期の兄はサイズが合わなくなって、一度しか着ないまま、翌年には従弟にあげたという話だ。以来、成長期の子どもに浴衣は必要ない、という結論に祖母と両親は達したらしい。  家族でキャンプには行くけど旅行に行ったこともないから、旅館で浴衣という経験もない。修学旅行だって、寝るときは学校のジャージだ。だから、浴衣は着たことがなくて、ちょっと憧れがあった。  先輩に藍色の浴衣を着せてもらって外に出ると、外はもう薄暗くなりかけていた。先輩は普段着のTシャツとジーンズなのに、僕だけ浴衣で少し申し訳なかった気持ちも最初だけで、借りた下駄に慣れなくて転びそうになったり、太ももの内側の生足同士がこすれる感覚(スカート履いたらこんな感じなんだろうか?)に気を取られてまた転びそうになったり、そのたびに先輩に助けられて、どうにか神社にたどりついた。

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