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第2話 宰相ランハート
「ここにいらっしゃいましたか」
夜風に黒髪が吹き流れた。
「殿下」
呼ばれた声に緩く首を振る。
その呼称はもう……
「俺に継承権はないよ」
「いいえ。あなたは我が国の王子です」
「そう思ってくれるのは、卿だけだ。宰相閣下」
「ご謙遜を。殿下は王子というお立場以上に、騎士団長の使命を全うされてらっしゃいます」
「それも今日、後任に引き継いだ」
バナードは優秀な次官だ。これからは団長として、月の騎士団 陸戦隊を立派に率いてくれるだろう。
フフ……と、風が微笑をさらった。
「王子でも騎士団長 エーデルモントでもないあなたを、何とお呼びすればよいのでしょうか」
「ここには俺と卿しかいない。宰相閣下」
「そうでしたね……アイル様」
「そうだよ。宰相閣下」
「おや?まだ、その呼び方をやめない。今夜のアイル様は意地悪でいらっしゃる」
「そうかな?いつも、お前がしている事だけど……ランハート」
「お戯れを」
小さく頬が揺れた。
形良い唇が少しだけ吊り上がるのは、図星の証拠だ。俺だけが知っている。
「お体に障ります。そろそろ中へ」
「もう少しだけ」
「警護の者が心配しますよ」
「お前が警護すればいい」
「……まったく。一国の宰相を警護に使うとは」
「王子特権だよ」
「あぁ。そう言えばそうでしたね」
「ひどいな」
不思議と笑みが零れた。
こんな星のない夜なのに。
「ランハート……火」
バルコニーに背をもたれて振り返った。
男の見慣れた黒髪が風に揺れている。
髪のなびく彼方に月はあるだろうか。
「そんな物を持ち出して……一体、誰が教えたのでしょう」
「身に覚えは?」
「ありませんよ」
頬が微かに上がった。
カツン、カツン
口元を覆って、ZIPPOで火を灯す。
カツン、カツン
靴音が近づいてくる。
「どうぞ」
唇にくわえた煙草が、俺の煙草に火を分けた。
赤い火が二つ灯って離れていく。
蛍のようだ。
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