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第1話

 路地を駆け抜けるふたつの足音。  異能を持つ身であり乍ら生身の体力を消費するだけの此の行動は極めて不合理以外に他為らなかった。 「Подождите!」  聞き馴染んだ母国の言葉が耳に突き刺さる。その意味は――“待て”。  その言葉に従う義理は無く、引き離す為に只管駆ける。異能を遣い何度空間を跨いでも必ず先回りされ追い詰められる。  君が此処迄執拗だとは思って居なかった。もっと疾くに其の片鱗でも視る事が出来たならば、こんな不毛な追い駆けっこに息を切らせる事は無かったのだろうね。  此の街の地理には明るく無い。矢鱈と細い途や突き当りの罠に引っ掛かりそうに為り乍ら、寸での処で窓硝子を割り時には壁を擦り抜けて追尾を切り抜ける。  体力だって無盡蔵に在る訳では無い。異能と併用し走り続けてもう何時間経った事だろうか。脚が鉛の様に重い、速度も初めの頃に較べれば落ちて来て居る様な気がする。  逃げて、逃げ続けて――其の先に何が有るのだろうか。そんな事を考えた事は無かった。逃げられると思って居た。抑々追われる事を想定して居なかったから逃げる事すら予想を為て居なかった。  外套を翻して路地に駆け込む。一瞬だけでも視界から外れた其の隙に彼の背後側、大通りを挟んだ先へと自らの躰を転送する。彼の注視為て居た先は駆け込んだ路地の先である筈なのに、背面三十米先に移動した瞬間彼の視軸は既に此方へと向けられていた。 「もおぉぉ執着い!」  車輌の往來が多い大通りを一直線に向かって来る。此れで車輌に撥ね飛ばされないのが不思議な位だ。同じ時間ずっと走り続けて居る筈なのに、不思議と彼の息が上がって居る様には見えない。  彼が常人とは違う事を今迄何度も疑って来た。感情の伺えない酷く無機質で奇麗な顔が減速映像(スロウモーション)の様に近付いて来る。  其の姿に思わず見蕩れて了った数秒後、慌てて走り出す。距離を詰められて了えば追い附かれるのは時間の問題だった。其れでも身を翻して逃げる。摑まる訳にはいかなかったから。  徐々に体力の限界が視えて来て居る自分と、一切の弱体化が視えない彼。空間転移を連発しても彼の視線は常に転移先へと向けられて居る。嗚呼樂しいね――今で無ければ。

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