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第4話

 ――――。  其の時、ドス君が僕の耳許で何かを囁いた。慣れ親しんだ母国語の其の言葉に、僕は頬を伝う温かな液体の存在に気附いた。 「もう逃しませんよ」 「――ッ巫山戯ないで!」  僕の決死の大逃走劇もドス君にとっては児戯にも等しい物で在った事が判ると同時に怒りが混み上がって来た。喉許に中てられたドス君の手は意外な程あっさりと振り切る事が出来て、外套を翻し振り返る僕の腕を――ドス君が摑んだ。決して体格が善い方では無い筈なのにドス君の腕の力は強くて、掴まれた僕の腕は一粍足りとも動かす事が出来ない。  当のドス君は普段と何も変わらず、表情ひとつ変える事も無く腕を摑んだ間々僕へ視線を向けていた。  返せと云われても返せる様な物を僕は持ち合わせて居ない。欲しい物が手に入らない事が判ったドス君は次に如何云った行動に出るか――答えは簡単、用済みと八当り故の後始末! 「却説ゴーゴリ、先程貴方が出した問題の答えですが――」  ドス君相手に今此の瞬間問題を出した覺えは無いけれど、ぴりっと張り詰めた空気が日の射し込まない灰色の袋小路に拡がる。 「僕の知るゴーゴリは僕が僕の中で作り出した僕の理想で、貴方自身では無い――でしたよね?」  問題として出した心算は無かった物を勝手に問題と理解したドス君から放たれた言葉に一瞬だけ呆気に取られる。其の僅か一瞬の間にドス君の片手が僕の頬に伸びて来ていた。  ひやりと冷たいドス君の指先が僕の頬をなぞり、指先に何かを掬い取って其の薄い唇へと運ばれる様子を只黙って視て居た。 「僕の知るゴーゴリは、今眼の前でこうして泣いて居る貴方ですよ」 「泣いて、なんか――」  ――居ない、そう続けようと為た時、ドス君が指先で掬い取った光る物が僕の頬を伝う涙で在った事に気附いた。僕は泣いて居た? 一体如何為て――。  其れを理由を考える事よりも、ドス君が告げた言葉を僕は頭の中で反芻した。  僕の言葉を問題と為た時、ドス君の言葉を正解と為たなら、僕が逃げて居た理由は何に為るのだろう。  指先を舐めるドス君の舌先が血の様に紅くて、其の動きに釘付けに為って居ると紫水晶の様な双眸の中心が再び僕へと向けられた。 「噫もう――泣く必要は無いでしょう?」  其の時にはもう片腕はドス君には摑まれて居なくて、何時だって逃げられる状況だったのに僕はもう一歩も其の場所から動く事が出来なく為って居た。  視界が溺れて居るみたいに揺れて、胸の中心が只管熱くて、ドス君の両手が僕の頬を優しく包んだ時、僕は其の場に立って居る事すら出来なく為って居た。  ”это ほら、捕まえた”

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