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第3話

「……ドス君は、今の僕が本当の僕で在るとは思って呉れないのだね」  其れが酷く哀しかった。とす、と壁に背中を預けると喉許を摑むドス君の手が緩む。  もう此れで終わりだ、凡てが終わった。君の口から、君の言葉で突き附けられた現実を、抱えて生きて行く程愚かでは無い。  走り続けた躰はもう限界で、未だ逃げられるかも知れないのに、逃げた先に何が在るのかも判らなく為って居た。腰の辺りから力が抜けて、壁傳いに座り込めば上から見下ろすドス君の無機質な瞳と視線が交錯した。  内側から洪水の様に感情が込み上げて来て、後もうひと押し何かの切欠で其の感情が液体に形を変えて双眸から零れ落ちそうだった。 「君が知る僕は、君が君の中で作り出した君の理想の僕だ。だけど其れは僕自身じゃあない――」  ドス君が僕を視て居ない事は解って居た。何時だってドス君は僕を通して別の誰かを視て居た。其の事に僕が気附かないと思われて居た事が只々腹立たしい。  本音を隠して何時でも飄々とした態度で、君の事にすら興味の無い様な相手じゃないと君は惹かれない。だから君が望む僕をずっと演じて来た。君の前だけでは。仮令其の視線が僕じゃない誰かに向けられて居たと為ても。  何故だって? そんなの解り切った事じゃあないか! ――本当の僕を君が愛して呉れる訳が無いからね。  だからこそ逃げた、君から。そして逃げ場を失った袋小路。ドス君の冷たい手は僕の首に背後から絡み附いた間々僅かな綻びすら生じない。ドス君が抱いて居た都合の善い相手は、君の理想の僕で、僕自身じゃない。君への愛憎に囚われた僕をこの感情から解放するには理想的な結末なのかも知れない。

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