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エピローグ

 年が明け、近所の神社へ初詣に行くと、瀬川くんと彼のお兄さんの姿を見つけた。境内に設けられたベンチで甘酒を飲みながら、きゃいきゃい騒いでいた。    あの夏の日、僕の家に泊まった瀬川くんが黙って出ていった翌日、彼のお兄さんが僕の家を訪れた。僕は何も言うつもりはなかった。瀬川くんと約束したし、何より僕のエゴのためだ。    しかし、玄関先で会ったお兄さん――颯希さんがあまりにも憔悴していて、失礼だが雨に打たれた野犬のように憐れで、気の毒で、僕はつい喋ってしまった。「隣町の花火を見に行くって言ってました」と。    どこから見るつもりか聞いていないかと問われ、僕は、僕が瀬川くんに教えたとっておきのスポットを、颯希さんにも伝えた。    その後どうなったのか、瀬川くんは本当に隣町の花火大会へ行ったのか、颯希さんは僕が教えた場所で瀬川くんと落ち合えたのか、僕は何も知らないままだ。でも、花火大会の後から瀬川くんは学校へ復帰したから、きっとそういうことなのだろう。    瀬川くんのお兄さんを見つめる眼差しは、春の頃と変わらない。熱と憧れと、ほんのちょっとの媚びを含んだ、色っぽい眼差し。まるで恋い慕う異性を見つめるような。    けれど、あの頃よりは落ち着いたようにも見える。胸に迫る焦燥感、切羽詰まった雰囲気といったものが感じられない。    そこで僕は気付く。ああ、息を切らして追いかける必要がなくなったからだ、と。そんなことをしなくても颯希さんがそばにいてくれることを、今の瀬川くんは知っているんだ。    そして、そんな瀬川くんを見つめるお兄さんの眼差しも、決して弟に向けるそれではない。もっと大切なもの、愛おしいものを見る目で、瀬川くんだけを見つめている。二人の間に漂う空気は、完成された幸福だ。    端から僕の入り込む隙なんてなかったのだ。そもそも、僕はあそこに入り込みたかったのだろうか。僕がかつて瀬川くんに抱いていたはずの感情、それさえも、今では全く漠然としていてあやふやで、霞のように捉えどころのないものに感じる。    瀬川くんは、牙のような八重歯を覗かせて愛嬌たっぷりに笑い、無邪気に声を弾ませてお兄さんと喋っている。そんな彼の姿が、僕はきっと好きだっただけだ。    それにしても、兄弟という設定にしては、この二人は全然似ていない。顔も声も、全く違う。颯希さんは夜に溶ける黒髪だけど、千紘くんは朝を透かした美しい金髪だ。

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