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第六章 番外編 会えない時間が④

 夜更けの町。俺はひたすらに家路を急いだ。    家に電話を掛ける暇もなく、間一髪で最終列車に飛び乗って、それから二時間立ちっ放し。新幹線を乗り換えて、最寄りの駅まで鈍行で、そこからアパートまでひた走る。    初夏の風が吹き始めているこの季節、夜でも走れば汗が噴き出す。俺はスーツを脱ぎ、ネクタイを緩めて駆けた。    千紘は、もう寝てしまっているだろうか。いつもなら寝ている時間だが、俺の目がないから夜更かししているかもしれない。でも、不貞腐れて寝ているかも。昨日、あんなに怒っていたし。    そりゃ怒るよな。一方的に約束させられて、一方的に違えられたのだから。俺だって、きっと腹を立てる。だからって、俺と仕事どっちが大事なの、なんて馬鹿げた質問はしないけれど。    しかし逆に、そんな子供じみた焼きもちを素直に吐露できる千紘の幼さ、あどけなさが尊くて、愛おしくて堪らないのもまた事実だ。ああ、早く会いたい。会って、抱きしめて、キスをして、遅れたことを謝りたい。    頭の中を千紘に埋め尽くされながら、俺は静かに玄関を開けた。廊下は暗い。リビングも真っ暗。    しかし、寝室からは微かに光が漏れている。物音と、押し殺したような声も聞こえる。部屋にいるのは千紘だけだよな? と一瞬頭に浮かんだ恐ろしい想像を振り落として、俺はゆっくりとドアを開いた。   「やっ……ん、んン、さつきぃ……っ」    熱を孕んだ声にドキリとした。しかし、千紘は俺に気付いていない。枕に額を擦り付け、猫が伸びをするように体を反らし、あられもなく腰をくねらせている。白い尻の谷間に二本も指が埋め込まれ、ぢゅぷぢゅぷといやらしい音を立てている。   「や、ンぅ……イきたい、のにぃ……」    千紘は切なげに身を捩る。イキたいのに、イけないのか。あの小さくて細い指じゃ、気持ちいいところに届かないのだろう。   「さつき、さつきっ、もっとして、いれてぇ……ほしいよぉ、さつきがほし……っ」 「……っ」    俺は、ベルトを外してベッドに乗り上げた。ぎし、とマットレスが軋み、千紘はようやくこちらを振り返った。薄明かりに照らされたその表情は、驚愕と困惑と、どうしようもない快楽とに塗れていた。俺の視界は、興奮で真っ赤に染まった。   「あっ? えっ? あっ……」    ずぷん、といきなり自身を沈める。千紘は体を強張らせ、呆気なく達した。   「あぇ? あっ? あ♡ なんれぇ……?」    千紘が落ち着くのを待って、俺は腰を動かした。   「ひゃんんっ!」    千紘はビクビクと体を撓わせ、枕を抱きしめて尻を突き出す。丸い尻が白くぼんやりと光って見えて、俺は思わず揉みしだいた。小ぶりだけれど温かくて、しっとりしていて滑らかで、触っているだけで気持ちいい。    突き上げる度、千紘の細い背中がビクビク波打つ。肉付きの悪い尻が、ぶるぶる震える。視覚からも興奮を得て、俺は夢中で腰を打ち付けた。    もちろん聴覚からも興奮を得る。千紘の切羽詰まった嬌声が堪らない。その声がもっと聞きたい。電話越しでない、千紘の生の声を。   「あんっ! やっ、あ、あぁっ♡ あぁいく、いくいくっ、いっちゃ――ッ!!」    きゅうう、とナカが収縮して、甘えるように吸い付いてくる。俺は歯を食い縛って腰を引き、千紘の尻に精をぶっかけた。丸い尻が、白くてらてらと光っている。   「や、ふぁ……♡」    千紘は、体を支えていられなくなったのか、べしゃっ、とベッドに墜落した。小刻みに痙攣しながら、乱れた呼吸を整えようとしている。   「……な、に……夢ぇ?」 「現実だよ」 「んぇ……ほ、ほんもんのさつきぃ……? おれんもーそー?」 「本物だっつの。ほら」 「ぁ、んぅ……♡」    背後から覆い被さるようにして、唇を奪った。桃色の濡れた唇を吸い、舌を捻じ込んで口内を味わう。唾液をたっぷり絡ませて、じゅるじゅると品のない音を立てて啜る。唇を離せば、名残惜しげに銀の糸が引いた。   「さ、つきぃ……?」    熱に浮かされた焦点の定まらない三白眼に、ぼんやりと俺の姿を映す。どちらのものともつかない唾液が口の端を伝い落ち、枕に点々と染みを作る。   「死ぬ気で帰ってきた。お前に会いたくて」 「えー? へへ、そーなんだぁ?」 「もう怒ってないか?」 「ん……おれも、会いたかったぁ」    キスを求める唇に、俺はそっと触れた。ちゅっ、ちゅっ、と少しずつ角度を変えて重ね合わせる。おずおずと差し出された舌先をちゅうと吸って、ちろちろとくすぐる。もっとしてとばかりに、ふわふわの舌がふるりと悶える。    俺は、邪魔なシャツを手早く開け、スラックスを脱ぎ捨てて、サイドテーブルの引き出しを探った。   「あっ」    思わず声が出た。コンドームがない。正確には、コンドームの空箱しかない。つまり、ない。    そういえば、先週した時に使い切ってしまったのだ。新しく買ってこようと思っていた矢先に出張が決まって買い足すタイミングを逃し、今日帰りに買ってくればよかったのにすっかり忘れていた。   「いれねーのぉ……?」    千紘が、もじもじしながら催促する。   「……ゴムがねぇ」 「いーじゃん、ナマで」 「……中に出したい」 「出せばいーじゃん」 「腹壊すだろ」 「颯希が掻き出してくれんじゃん」 「……でも、結局痛くなるだろ」    ナマでするなら外に出さなきゃ。でも、中で出すのってものすごくいいんだよな。でも千紘の負担になることは避けたいし。でも……   「な~……いれていいよ……?」    狙ったように媚びた声で、千紘はねだる。くい、と尻を突き出し、双丘を掴んで谷間を押し広げ、物欲しげに潤んだ果肉を見せつける。今が旬とばかりに色付いて、男を誘う蜜を溢れさせる。    あどけない表情とのギャップにくらくらした。一体どこで、こんな誘惑の仕方を覚えてくるのだろう。俺が教えてしまったのだろうか。   「ね、いれて……♡」 「……外に出すからな」 「うっかり中出ししちゃってもいいぜ」 「バカ」    細い腰を掴んで引き寄せる。両手で一周できてしまいそうなほど、細くて薄い腰。毎日三食食わせているのに、あまり肥えない。骨格からして細いのだろうか。   「俺がいない間、ちゃんと食ってたか?」 「食ってたぜ? 今日だってっ――」    千紘が息を詰める。   「ぁや、ぁ、急にいれんなっ」 「ゆっくりしてるだろ」 「そーゆー、ことじゃ……っ」    亀頭だけを沈め、つぽつぽと浅く抜き差ししながらナカを味わう。一度射精しているとはいえ、生でするとすぐにでも達してしまいそうになるから、なるべく長く楽しむために緩慢な動作にならざるを得ない。    千紘にとっては焦れったいかもしれないが、まぁ許してくれ。大人のプライドにかけても、三擦り半でイクなんてことは絶対にできないのだ。   「やっ、ぁ、もっとおくぅ、きもちいとこついてぇ」    千紘が、くいくいと腰をくねらせてねだる。俺は、腰を掴み直して前立腺をぐりぐり突いた。   「きゃんっ! ひゃ、あっ、ぁぁん♡ そこぉ、きもち……!」 「ここ好きだな」 「すきっ、すきぃ、きもちいいっ……! じぶんじゃぜんぜん、できなくってぇ」 「一人でしてたのか。スケベ」 「まいんち、してたぁ! さつきにしてもらうの、もーそーしてしてたぁっ!」 「妄想とどっちがいい?」 「ほんもの! ほんものがいい! ほんもんのさつきじゃなきゃやだぁ」    かわいいことを言ってくれる。喋り方は幼いのに、やっていることは大人顔負けの艶めかしさ。このちぐはぐさが、いつだって俺を狂わせる。    カリ首で前立腺をしつこく擦ると、ビクビクとナカが収縮し始める。それでも激しく責め立てると、とろとろに蕩けた肉襞が一斉に吸い付いてくる。ねっとりと絡み付いて、子宮へと誘うように波打って、一際きつく締め付けた。   「んンぅ゛っっ♡」    弓なりに反っていた腰が、ビクン、と激しく跳ねて、ぴゅく、と白い液体を噴く。小刻みに身体を痙攣させて、千紘は枕に伏せた。    今のは俺もヤバかった。千紘が落ち着くのを待つふりをしてこっそり休憩を挟み、深く腰を突き入れる。   「んゃ♡ あっ、おくきたぁ……♡」    砂糖を煮詰めたような声で喘ぎ、千紘は嬉しそうに身を震わせた。    うつ伏せになった千紘を組み敷いて、上から押し潰すようにして蜜壺を掻き混ぜる。胸元に手を滑り込ませ、尖った乳首を捏ね回す。くねくねと捩れる白い背中に吸い付いて、赤い花を散らす。腰を打ち付ける度に響く、肉のぶつかる音がいやに耳につく。    そろそろ限界かもしれない。名残惜しいけれど、抜かなくては。   「な、ねぇ、さつきぃ♡ 前からしたい……っ」 「前?」 「うんっ、ぎゅってしてぇ、ちゅーしながらイキたい……だめぇ?」    千紘の体を引っくり返し、正常位で突き入れた。千紘は嬉しそうにしがみついた。   「にへへ、やっぱこっちがいー……ぎゅってすんの、すき」 「……俺も」    正常位で抱きしめ合いながらすると、まさに一つに溶け合うって感じがする。俺は、汗で湿っぽくなった千紘の髪を掻き撫でて、激しく揺すぶった。   「ぁやっ、あっ、ぁん、ゃ、すき、すきぃ、きもちっ、すきぃっ」 「千紘……っ」    もうマジでホントにヤバい。千紘がかわいくて、気持ちよくて、このままずっと浸っていたい。でも抜かなきゃ、抜く、すぐ抜く、出す前にギリギリで引き抜かなきゃ。    俺が腰を引こうとすると、それまでシーツの海を掻いていた千紘の両脚がいきなり絡み付いた。不意に抱き寄せられる形になり、一気に奥まで挿入ってしまう。千紘は少し苦しそうに唇を歪めたが、その瞳はうっとりと蕩けている。   「ばか、何してんだ」 「だ、ってぇ、さみしーだもん……ぬかないでぇ? はらんなか、さつきでいっぱいにしてよぅ……」 「……」 「ねーぇ、さつき」 「……後で文句言うなよ」 「ん♡」    千紘をきつく抱きしめて、なりふり構わず腰を振りたくった。悔しいが、今の俺は千紘に逆らえない。天使のように愛らしくて小悪魔のようにいやらしい、この子供に終始振り回されっぱなしのくせに、それが幸せだなんて思っている世界一の阿呆なのだ、俺は。    唇がキスを求めるから、貪るように食らい付いた。舌をしゃぶって、擦り合わせて、唾液を交換して。切羽詰まった喘ぎまで、千紘の全てを食らい尽くしてやる。   「んむ、ん゛♡ んふ、んンっ♡」    苦しいだろうに、千紘も一生懸命舌を絡めてくれる。その姿がいじらしくて堪らなくて、俺も夢中で口を吸った。    もう本当にいよいよヤバい。気合だけで留めていたけど、もう限界だ。中に出してしまう。千紘の子宮に……!    こんなこと、本当はダメなのに。いけないことなのに。道徳にも法律にも決して許されていないのに。俺のせいで、千紘は腹を痛めてしまうのに。    全部、頭では分かっている。しかし、とりわけ千紘との行為においては、後ろめたさも疚しさも、興奮に彩りを与えるスパイスにしかならない。    抱きしめ合って、一つに溶け合った。千紘の胎に種を植える。千紘が迎え入れてくれる。抱き合ったまま、しばらくの間そうしていた。    *    腕が痛くて目が覚めた。疲れていたのに、熟睡できなかった。あの後、千紘の体を隅々まで清め、荷解きしてからシャワーを浴びた。ベッドに入った時には何時になっていただろう。   「ん~……」    千紘がむにゃむにゃと寝言を漏らす。俺の腕にしがみつき、枕にしている。そのせいで腕が痺れていたのか。筋肉痛になりそう、というかたぶんもうなっているが、幸せそうな寝顔を邪魔できない。後で辛くなるのは分かっているのに、千紘の重みでそうなるのなら本望だ。    一体どんな夢を見ているのか。やっぱり食べ物の夢だろうか。金の睫毛を寝息にそよがせて、気持ちよさそうに眠っている。だらしなく緩んだ口元に垂れる涎を、俺はぺろりと舐め取った。   「んむ……ぅぅん……」    胡桃色の瞳に、睫毛が影を落とす。キスで目覚めるなんて絵本の中のお姫様みたいじゃないか、と思って俺は勝手に恥ずかしくなった。   「おはよう」 「ん……」    千紘は、じいっと俺の目を見つめる。   「今、颯希ん夢見てたんだ。キスしてやろうかって言われて、コーヒーの味がして。目ぇ開けたら、颯希がいた」    ぎゅうっと抱きつかれた。痺れた腕が悲鳴を上げる。   「おかえり!」 「ただいま」 「楽しかったか? きょーと」 「遊んでたわけじゃねぇんだぞ」 「でもさ、ちっとは観光したろ? 寺とか神社とか見れた?」 「まぁ、少しな。土産あるから、後で食え」 「へぇ~。ユバ?」 「ゆ……?」 「電話で言ってたじゃん?」    そういえば、そんな話をした気もする。しかし今の今まで忘れていた。何しろ、もう一週間近く前のことだし、会話の中でちょろっと話した程度のものだし。しかし、そんな俺の取るに足らない一言を千紘が覚えていてくれたことが嬉しい。   「悪い。湯葉は買ってない」 「え~」 「でも、それよりもっとうまいもん買ってきたから。お前は絶対こっちの方が好きだと思う」 「甘い?」 「甘い和菓子だな。餡子が入ってる」 「なーんだぁ、饅頭か」 「ただの饅頭じゃない。もっとうまいやつだ」 「んじゃあ、今日のおやつはそいつで決まりだな。それまではずっとこーしてよーぜ」 「何言ってんだ。おやつの時間なんてまだまだ……」    いや、本当に何を言っているのだろう。忘れかけていたが、今日は平日。俺は休暇をもらっているが、千紘は普通に学校のはずだ。のんべんだらりと朝寝坊している場合じゃない。俺は慌てて飛び起きた。千紘は不満そうに唇を尖らす。   「バカ起きろ! 遅刻だぞ!」 「んぇ~……でもオレぇ、腰痛いしぃ。お腹も痛くなりそうだしぃ」 「そっ……でも、お前だってしたがってただろ」 「だってぇ、颯希ってばすンげーはげしーんだもん。もう腰痛くて動けねー」 「わがまま言うなよ……」   「ねぇえ~、いいじゃん。ちょっとだけ。もうちょっとだけさぁ、一緒にだらだらしよーよ。オレ、寂しいの我慢してがんばったんだぜ? せっかく久しぶりに会えたんだしさ、もっと一緒にいたいよ……」    千紘は、柔い頬をすり寄せて甘える。俺は、皺を刻んだ眉間を押さえる。   「……午後からは絶対行かせるからな」    千紘の顔がぱっと明るくなる。   「マジ!?」 「今日だけだ。マジの特別だぞ」 「にへへ、やーった。いっぱいいちゃいちゃしよーな」 「午後からは絶対行けよ。約束だからな」 「わかってるよぉ~」    またもや千紘の掌で転がされてしまった感は否めないが、まぁいい。今回ばかりは譲ってやろう。ふわっふわの綿毛を撫でると、お日様の匂いがした。

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