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番の残り香【Ω&Ω】
今日は部屋に来るって連絡のあった冬弥 を待っていると、市瀬 が細長い箱を抱えてやって来た。
「こないだは急にごめんなー! これ、借りてたやつ!」
抱えてた箱を渡されてパッケージを見ると、貸したローションと同じものだった。
……こないだSOSを受けて貸したやつが新品になって戻ってきたらしい。半分くらい残ってたのにヒートの間で全部使ったのかよすげぇな。
「めちゃくちゃ助かった! 持つべきものはΩ友だよホント」
「どういたしまして。力一杯感謝しろよな」
「するする~!」
市瀬は友達である以外にΩだってお互いに分かってる数少ない相手。だからヒートの間の手助けやら道具の融通やら地味な交流がある。
こういうのはフェロモンの影響食らうα相手じゃSOS出来ないし、周りの友達見ててもβはそういう状況からめちゃくちゃ縁遠い。βが世の中の半分以上占めてるらしいからしょうがないけど。
Ωの特徴が薄い上に恋人がβのオレはイマイチ実感薄いけど、特徴キツくて恋人がαの市瀬はそれが結構な死活問題みたいだ。
SOSしてきた時の死にそうな声が嘘みたいだなと思いつつ、何か食ってけと部屋へ上げた。お約束にヒートもキツイらしい市瀬は期間明けだと何処か危なっかしいから。
今も元気そうだけど少しふらついてるし。
キッチン備え付けのテーブルに冷凍食品のストックをいくつか出すと、あっという間に市瀬の胃袋へ消えていった。よくよく話を聞けばローション返した足で食堂へ行くつもりだったらしい。ふらついてたのは空腹だったからか……食わせるの早まった。
「あ、ユッキーまたその首輪してる」
「え? ああ、してるとすげぇ喜ぶから。首輪外す時も嬉しそうだし」
麦茶を一気飲みした市瀬に改めて言われて、しゃらりと揺れる飾りに触れる。
冬弥と会う時には必ず着ける特別な首輪。そのものが飛び抜けて特別というより、オレが冬弥の恋人なのが気に食わない奴らを刺激しないためなんだけど。目つけられると面倒だから。
普段は適当に通販で買ったやつをつけているからか、冬弥から贈られた首輪で出迎えると花が咲いたように嬉しそうな顔をする。首輪を外して生まれたままの姿を晒す時に恍惚とした顔で舌なめずりをする。
そんな恋人が見たくて、約束の日はそわそわした気持ちで早い時間から着けるようになってしまった。
「ぅわーすっげぇ惚気られてる。お揃いだろそれ、仁科儀先輩のチョーカーと」
「ん……冬弥が作ってくれた」
番がくれた、贈り物。
それにかけた金額を思い出すと頭が痛いけど、贈り物がしたいんだと一緒になって作ってくれた。冬弥の首に揺れる同じデザインの飾りを見る度に、あの日の時間を思い出してムズムズした気持ちになる。
「ぎゃーっ何その顔ー! やだー俺のユッキーがユッキーじゃない! 先輩に取られたー!」
「誰がお前のだ。イッチこそ上から下まで身に付けるもの揃えられて秋都 の匂いさせてるだろ」
からかうみたいに騒ぐ市瀬に悔し紛れで言い返すと、はたっとその動きが止まった。すんすんと自分の匂いを嗅ぐけどよく分からないのか首をかしげている。
その市瀬が着ている服も身に付けている小物も恋人の仁科儀 秋都 が揃えて渡している――と、秋都の兄貴である冬弥から聞いた。おまけに秋都の番になった市瀬は首輪の代わりに秋都が贈ったらしいチョーカーを着けている。
「……そんなに匂いする……?」
「してる。オレΩについたαの匂いなんて殆ど分かんねぇのに、お前についたのはガッツリ誰のか分かる」
えぇ……と市瀬は真顔になった。
Ωがフェロモンを出すように、αも時々フェロモンの匂いをさせてる奴がいて。その匂いが交わったΩに移ってる時がある。といっても移ってるだけだから全然分からないのが普通だけど。
なのに秋都の匂いは自己主張が凄い。市瀬に触るなって威嚇されてる気分になるくらいに。
「毎日どんだけつけられてんの」
フェロモンの匂いはスキンシップで長いこと密着したり、セックスしたりして身体を擦り合わせないとそうそう移らないらしいけど。アイツはαの中のαとか言われて拝まれてるくらいだからフェロモンも強いのかもしれない。
と、思い直したと思ったら。
「…………ぁ……ぅ……」
冗談のつもりでうっかり図星を突いたらしくて、市瀬が真っ赤になってしまった。
これはアレだ。フェロモンが強い体質とかじゃないやつだ。単にめちゃくちゃ抱かれて匂いつけられてるやつだ。
……どんだけ市瀬にフェロモン擦り付けてんだよ。
そう思うと逆にこっちが気まずくなってきてしまった。
「ひ、ひとの事からかおうとするからだぞ」
「ううっ……すみませんでした……」
何となく気恥ずかしい空気になった後、何かのセンサーでも働いたみたいなタイミングで秋都が部屋を訪ねてきた。居るはずの部屋に居なかったから探しにきたらしい。
真っ赤になってる市瀬を見て、じろっとこっちを睨んでくる。冬弥がくれた首輪に気付いたのかちょっと目を丸くしたようだった。
だけど何も言わずにわざとらしく市瀬の唇にキスをしたと思ったら、そのままオレから隠すように肩を抱いて無言で去っていった。
「なんだアレむっっっかつく! オレがイッチに何かするわけないだろ!! むしろしたのはお前だろ――がッッ!!!」
もうドアも閉まってるから誰に聞こえるわけでもないけど。そう悪態を叫ばすにはいられなかった。
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