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ヒート休みと夏休み【β×Ω】

「なぁ。次の冬弥のヒート休み、部屋に泊まったらダメかな」  期末試験の勉強がてら部屋に来ていた恋人が、突然そんな事を言い出した。  もう夏休みの話題とは、成績の割に随分と余裕じゃないか。来週には試験期間に入るというのに。 「申請をすれば可能だろうが……どうした急に。夏休みが潰れるぞ」  在校生全員に割り当てられているヒート休み。Ωの不利益を体験するという名目のそれは、行事に被ろうが長期休暇に被ろうが容赦なく外出禁止を強いてくる。  俺のヒート休みは完全に夏休みと被っているから、二週間丸々学校に拘束されるのだ。とはいえこの期間は誰にも邪魔をされないので、去年はこれ幸いと生徒会の細々とした事務を片付けていたが。  普通は夏休みの間に遊んだり旅行に行ったりして楽しむものだと知っている。他ならぬ春真がそう言っていたから。  どういった風の吹き回しなのかと見つめていると、むっとした表情で口を開いた。   「ヒート休みだと冬弥と会えないだろ。せっかくの夏休みなのに」  拗ねたようなその表情に何も言葉が出てこなかった。  基本的に、ヒート休み期間は人と会う想定をされていない。Ωである春真のパートナー登録にかこつけて、自由に春真の部屋に入ったり自室に引き込んでいる俺は例外といえる。  こういう時に生徒会長の役職を持っていると便利だ。  だからさすがに夏休みまではと、何も申請するつもりは無かった。家族との予定だってあるだろうから。  だというのに……そんな期間ですら会いたいと言ってくれるのか。 「……やっぱり却下だ」 「は!? 何で!」  嬉しさの反面、頭はずっと夏休みの日程を思い浮かべていた。    一ヶ月と少しの夏休み。俺のヒート休みはその半分近くを潰す。つまり外出が出来るのは半分だけしかない。 「ヒート休みを俺と過ごせば、残りは他の奴らと春真の取り合いだろう。せっかくの夏休みだし、外でデートがしたい」  は?と戸惑うような声が聞こえた。  ぽかんとこっちを見る顔がみるみる間に真っ赤になる。ひょっとして、外で会ってくれるつもりはなかったのだろうかと苦笑してしまった。 「ヒート休みの間は他の奴らに譲ってやるから、遊ぶなり出掛けるなり用事を片付けろ。その代わり……残りの夏休みは俺のものだ」  春真と過ごすのは自由に出来る休みの時がいい。部屋の中を選択するにしても、それは自分達で選びたい。  だから、少し癪だがヒート休みの間は我慢することにする。  真っ赤な顔で呆然とこちらを見ていた春真は、少し狼狽えながら手元の鉛筆をぎゅっと握りしめた。  「で、でも、冬弥の用事は」  気を遣ってくれていたのだろうか。だがそれは杞憂というものだ。 「去年の夏休みを思い出してみるといい」 「……誰かとのってのは無さそうだな……学生なのに社畜みたいだったし」 「そういう事だ」  去年は数日家に帰った程度で、残りは寮で生徒会の雑務を片付けていた。  引き継いだ時から夏休み前に生徒会の雑務は溜まる傾向にあった上に、ヒートトラブル対策の体制を改めたばかりで細かい整理ができていなかったから。  家に帰りたくないあまり言い訳にさせて貰っていたのだ。   「でも、受験生だろ。塾とか」 「塾通いの予定はないな。家庭教師はついているが週一回だ」  授業と同じような進み方の塾は拘束が多い。そんな状況はもっての外だが、そもそも仁科儀の家で塾通いをする人間は居ない。  仁科儀にはお抱えの家庭教師達が居るから、週に一度見てもらうのが常だ。分からない所は専用システムの端末で都度質問し教えて貰う事も出来る。  ……いっそ端末を持ち込んで、ヒート休みを強化期間とするのもいいかもしれないな。      さすが首位……と良く分からない言葉を呟いた春真は、じっとこっちを見つめてくる。普段きっぱりと物を言うのに、もごもごと口ごもりながら何か言っている。 「その……予定のない時に泊まりに来るのは、ダメなのか?」 「随分と食い下がるな」 「だって。来年は卒業して居ないだろ。毎日会えなくなるの……寂しい、から」  ふいっと視線が外れて床を向いた。目を伏せたその顔は先程にも増して真っ赤になっていく。対する自分も聞こえてきた台詞に顔が熱い。  一日でも多く一緒に居たいと、消え入りそうな春真の声が耳をくすぐった。  照れた様子で床を睨む姿にたまらなくなって力一杯抱き締める。茹で蛸のような顔でじたばたと暴れる春真を、床に押し倒して口付けた。  試験勉強中でなければこのまま愛でてとろけさせるのに。少し残念に思いながらもう一度ぎゅうっと抱き締める。 「卒業して会えない分、来年は家にでも連れ込んで全日独占するつもりだからな。覚悟しろよ」  塾になど行かせない。勉強なら教えるし、力不足な所は家庭教師を雇えばいい。  仁科儀の家庭教師達であれば人となりも知っているし一番いいが、まだ身内ではない春真のために許可が貰えるかは自信がない。だから念のために外部の家庭教師を見繕っている所だ。 「なにそれ、監禁かよ。怖っ」  笑う春真は抱き返してくる。それもいいなと少し思ってしまった頭を軽く振って、頬を春真の肩にすり寄せた。  少しだけキスを繰り返して、さっさと勉強しろと抱き締めた体を解放する。自分が押し倒しといて何言ってんだとブツブツ言いながらも、春真はやりかけの問題集に向かい合っていた。 「だが……ヒート休みの間も会いに来てくれるなら、嬉しい」  ぽつりと呟くと、ぱっと視線が問題集から俺に向く。  しまった。せっかく集中しようとしていた所に余計な事を。 「なぁ、申請方法教えて。出来ればいつでも来れるようにしたい」  最近の春真は貪欲だ。色事だけはまだ恥じらっている事が多いが、普段は一緒に居たい、デートがしたいと甘えてくれるようになってきた。  ……二人きりの時だけだが。    「勉強が終わったらな。とびっきりの小狡い手を教えてやる」  俺はα寄りのβで、春真はβ寄りのΩ。しかもパートナー登録も申請している。所謂イレギュラーで希少な体質と関係の二人組だ。向こうは俺達のあらゆるデータを欲しがっているのだから、交渉の材料は沢山ある。  何を眼前にぶら下げてやろうか。俺は最終学年だから、もうそろそろ出し惜しみをする必要も無くなってきた。 「冬弥、何か企んでるだろ。悪い顔してるぞ」 「完封で許可を下ろさせるには、どう申請すればいいかと思ってな」 「悪い生徒会長だな」 「今更だ」  入学してからありとあらゆる交渉事に己のデータを使ってきたし、春真を得てからは生徒会長の権限も積極的に使い倒してきた。  今回は何があっても譲る訳にはいかない。ヒート休みの幸せなひとときが掛かっているのだから。  問題集に向かい合う春真を眺めていると、夏休みは何処へ行こうかと想像が膨らんで止まらない。  気晴らしに勉強するかと自分も問題集とノートを引っ張り出して、春真の向かいに腰かけたのだった。

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