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第63話

「うっま!」 先程のいやらしい雰囲気はどこへといったのか、カレーを頬張る三条はにこにこと屈託なく笑い無邪気だ。 「おかわりあるから沢山食べろよ」 「はいっ! ありがとうございます。 けど、明日のカレーうどんの分も残さないと」 「ははっ、今からうどんのことを考えてんのかよ。 明日も作れば良いんだから気にすんな。 教師も体力仕事だぞ」 ちぎったレタスにジャバンのりとごま油をかけただけの簡単なサラダも気に入ってくれている。 むぐむぐと頬を膨らませる姿は高校の時とかわっていないようにも思える。 だが、立場が同じになり、しかも身体中キスマークがついている。 そのギャップがなんとも言えない。 「今はそんな印象ありませんけど」 「これからな。 プリントにノート持って階段登り降りしたり、ゴミ抱えたり。 紙は元々木だからな。 木は重てぇぞ。 あと、避難訓練に体育祭、文化祭だってある。 特に体育祭は教師も参加だからな」 分かりやすく想像しやすいものをいくつか上げてみると、三条はスプーンを止めた。 「改めて、先生たちの有り難みを知りますね」 「ま、仕事だしな。 バイト以外に学校しか知らねぇ大人にとって、言葉通り学校が全てだからな。 これが当然の仕事なんだよ。 遥登はあれこれバイトしてたから、その分社会知ってて有り難みを感じてくれる。 これだけで社会の差のことがなんとなく分かるだろ」 学校という異空間。 そこでしか生活をしない大人と、学校外で働いてる大人を比べると明らかに後者の方が社会性がある。 その違いは教師を長く続けているとよく分かる。 異空間から出た同級生や卒業生に会えば、感謝の気持ちであったり協調性であったり考え方だってもっと自由になる。 それは学校があまりに狭いからだ。 だから、井戸の外に海があることを知っている方が強みなる。 「遥登は良い教師になれる。 だから、体力付けてバテねぇようにしねぇとな」 「正宗さんもです」 「俺は頼りになる恋人がいるから平気だ。 甲斐甲斐しく世話してもらう予定だからな」 クスクス笑う恋人を守りたいから、しっかりと食べて睡眠は守りたい。 そこが崩れれば一気に心身の調子が悪くなる。 不安がらせたくないから言わないけどな。 それでも、同じだけ守りたいと思う。 同僚としても。 元担任としても。 恋人としても。

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