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02.相棒
パーティの姿が見えなくなった頃、不満そうに黙っていた男が勢いよくリレイを睨みつけてきた。
「何で反論しねぇんだよ! アンタの方がアイツらより能力高いだろ!!」
つくづく不思議だ。地団駄を踏む勢いで噛みついてくる男は、何の迷いもなく物を言う。
我が事のように怒り散らす男は、リレイより少し背も高いし前衛らしく体つきもしっかりしている。なのに感情を露わにしながら喚くその姿はまるで子供のようで少し滑稽だ。
そして。
「初対面のお前に何故そんな事が分かる?」
「っ、そ、れは……」
言い切る時は躊躇いの欠片もないくせに、少し突っ込んでやればしどろもどろになる。
――面白い。
男のちぐはぐな様子にリレイの興味は強く引かれていく一方だ。
「……みえる、から」
不意に、男の口から核心に迫る言葉がぽろりと出てきた。
「見える?」
「文字で見えるんじゃねぇけど、こう、雰囲気の強さっていうか……ええと……」
己の力を感覚的に使っているのか上手く説明できないらしい。言葉を詰まらせている男の目をじっと覗き込むと、ぴくりとその動きが止まる。
深い森のような緑が見え隠れする茶色の瞳。その瞳孔の奥を見透かそうと意識を向けると、ぐわっと逆にリレイの方が見透かされるような抵抗が返ってくる。
「お前……【眼】の能力持ちか」
「えっ。なん、で……」
まさか言い当てられるとは思っていなかったのか、男は戸惑ったような表情を浮かべた。
時々、修行で習得するスキルとは別に生まれながらの特殊能力のようなものを持つ人間が存在する。
男が持つ【眼】は通常見えないはずのものが見えるとされる能力だ。便利な所では魔力の魔の字もない剣士が修行もなしに精霊を見る事ができたり、厄介な所では人の思考を意図せずに読んでトラブルになってしまったり……恐らく目の前の男は他人の気配や力量を見極める事に秀でているのだろう。
だから、戦う所を見ずとも実力がどうという話が出来たのだ。
実際にギルドに登録されている冒険者としてのレベルは、先程出くわした三人組よりもリレイの方が5つほど高い。大当たりである。
「何で分かったんだよ、オレの力のこと」
大木の根本に腰を下ろした男は、じっとリレイを観察するように視線を寄越してくる。
「魔術師は研究者でもあるんだぞ。舐めて貰っては困る」
「……そっか」
もしや同属ではないかと期待でもしたのだろうか。大木の根本で隣に座っていた男は、少し肩を落とした様子で頷いていた。
完全な同属ではないが、似たようなものではある。リレイは事象や物事のわずかな接点を見つけ出して繋げる【連結】という能力を持っている。その力は専ら魔術の複数属性を力業で組み上げる複合魔法というスキルで発揮されるのだが。
人にない物を持っているのは、便利であるが、厄介でもある。
自分にとって当たり前の事が能力を持っていない人間からは理解されない。再現しようがないからだ。その面倒さはリレイも体験して痛いほど知っている。
きっと目の前の人間も、似たような体験をした事があるのだろう。
珍しい能力者。
誰も気づかなかったリレイの力量を見抜いた冒険者。
放っておけばいいのに、他人に理解されない力を使って臆することなく他人を庇うお人よし。
「お前、名前は?」
気付けばじっとその横顔を見つめていた。
声を掛けられて、ハーファの顔がリレイの方を向く。緑が隠れている瞳がリレイを映す。
「あー、えっと。ハーファ」
「ハーファか。なあ、ハーファ」
「な、何だよ……」
期待しているのは自分の方かもしれないとリレイは心の中で苦笑した。
初めて見つけた同属。ハーファも同じ生きづらさを抱えているのではないか。ならばいつか自分の事を分かって貰えるのではないか……と。
「パーティを組まないか?」
え、と目の前の瞳が丸くなった。想定外だったらしく完全に固まっている。
しばらくそのまま時間が止まっていたが、目の前でひらひらと手を動かしてやるとハッと我に返ったようだ。戸惑ったような顔で俯いたり前を向いたり、地面の上で視線を躍らせて見たり、一通り挙動不審な動作をした後にまた気の強そうな瞳がリレイを見る。
「な、何で急に」
「お前に興味が湧いた。観察させてほしい」
「オレは実験動物じゃねぇぞ」
言い方がまずかったようだ。じとっと睨んでくるハーファに取り繕うように笑みを浮かべる……が、一層眉を顰められただけだった。茶を濁すのは逆効果だったらしい。
ここはもっともらしいメリットを挙げておくに限るか、と頭を切り替えた。
自分は薬草集めでのんびり生活をしているが、見るからに戦闘職のハーファはそうもいかないだろう。だというのに、ここまで仲間らしい冒険者が一人も顔を出さないということは。
「見た所お前もソロだろう? 魔物退治の依頼をこなすなら後衛もいた方が便利なはずだ」
「それは……そう、だけど」
ばつの悪そうな表情。
やはり好んで単独行動をしている訳ではないらしい。うーっと唸りながら背を丸めて、何か考えている。
「……オレ……パーティ組んでも長続きしねぇし……」
もごもごと言いにくそうにするハーファに、むしろ好都合だとリレイは内心ほくそ笑んだ。
変に社交性があって誰も彼もとパーティの人数を増やされては面倒が増える。普通に会話が出来ても人付き合いが上手くないというのならば、手の掛からない理想の観察対象で願ったり叶ったりだ。
そんな残念な思考を回しながら、リレイは優しい顔を作ってハーファの肩に手を置いた。
「奇遇だな、長続きしないのは俺も同じだ」
「えぇ……」
戸惑う表情を浮かべてはいるが、その中に少し違う感情が混じっているように見える。ずっと迷子だった子供が独りぼっちから解放される瞬間のような、じんわりと滲む嬉しさのような感情が。
ハーファは己の能力を言葉で説明できずにいる。
能力を隠して黙っていれば問題はないだろうが、この分かりやすさならつい口走ったり力を使って反論するだろう。自ら余計な事をして、何も知らない周囲との亀裂を入れてきたであろう事は想像に難くない。
「ハーファ。返事は?」
目の前の人間は理解者に飢えている。
そう踏んだリレイが最後の一押しにじっと見つめると、途端に視線がふらふらと彷徨い始めた。
「…………わか、った。言い出したのはアンタだからな。文句は受け付けねぇから」
「いや、文句は申し入れるがな?」
軽口がてら頭を撫でてやると、ハーファはくすぐったそうに笑う。
強気で気を張っているような印象の中へ差し込まれたその笑顔は、心なしかきらきらと光っているように見えた。
「俺はトルリレイエだ。長いしリレイでいい。よろしく頼む、相棒」
「! ……よろしく、リレイ」
視線の前に拳を差し出すと、少し遠慮がちにこつんとハーファの拳が触れる。
ぎごちなく笑いあったのも束の間、何頭かの魔物が低い唸り声を上げながらにじり寄ってくる姿が視界に映る。
……魔物に空気を読めというのは理不尽だと思うが、それにしてもタイミングよく飛び出してきすぎではないだろうか。
「やれやれ……さっさと片づけて街に帰るか。前は任せたぞ、ハーファ」
「ん、任せろ」
振り向きざまににっと笑って、ハーファは魔物どもに向かって駈け出していった。
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