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03.分け合う温もり

 ハーファとパーティを組んで3ヶ月。段々と見えるようになってきた事がある。  てっきり直情傾向の人間かと思っていたが、思ったより相手の事を慮った振る舞いをする。だというのに解決しようという時に暴走して墓穴を掘る。 戦闘でも同じで周囲をよく見て動く。しかし最終的には何故か全力の力業で乗り越えていく。きちんと訓練された身体能力に加えて、相手の気配に聡い【眼】を持っているからこそ出来る芸当だ。  しかし恐らくあの能力は開花しきっていない。聞けばグレイズ神殿の神官兵だったが途中で冒険者に転職したという。未熟なまま訓練が中断されて発動コントロールが出来ておらず、気付けば能力を乱発しているというパターンが常態化しているようだ。   「そんな戦い方をしているから、すぐに疲労するんだぞ」   魔物の群生地に入って戦闘が重なり、木陰で力尽きる寸前のハーファに水を渡しながらリレイは溜息を吐いた。  相棒がリレイの居る街を訪れるきっかけにもなった依頼は大陸各地を回って指定の素材を集める長期依頼だった。困っていた人間に声をかけてギルドへ依頼をさせたはいいが、思った以上に手のかかる依頼だったらしい。けれど音を上げる事もせず、後はもう1つ魔物の持つ材料を回収すれば完了する所まで持ってきていた。  まあ、その根性は評価するとして。そもそもの計画段階で無謀が過ぎるのは問題だ。  そんな事を考えている内に受け取った水を飲み干したハーファは勢いをつけて立ち上がった。置いていた荷物を持とうとする手を掴むと、疲れの取れていない顔で笑う。 「もう大丈夫だ……行こう、リレイ」  どの口で大丈夫だと言っているのか。  腕力で負けるはずのない魔術師相手に掴まれた手を振り払うことすら出来ないくせに、とリレイは心の中で悪態をついた。こんな状態で戦闘に入ったりしたら、また無理矢理【眼】を使ってゴリ押しで戦うのだろう。    ――到底許可できるものではない。    もしも途中でハーファが倒れるような事態になれば、リレイはこの男を連れて魔物を退けつつ街へ戻らなければいけなくなる。自分よりも若干とはいえ背が高くて体格が良い戦闘職を担ぎながら、だ。  冗談でも想像したくない光景である。 「まだふらふらしてるじゃないか。今日はここで野営しよう」  絶対に強行軍はさせる訳にいかないと、リレイはハーファの説得を心に誓った。    丁度いいことに、今二人居るのは使い古された焚火跡だ。  地面も平らで寝床が作りやすいし、周囲の見張らしも悪くない。繰り返し同じ場所が使い続けられるには理由がある。あと少しで日が傾く今なら、この場所で野営の支度をするのが無難だろう。 「大丈夫。もう少ししたら村があるから」  さっきまでダウンしかけていた人間の言葉に説得力など欠片もない。  とはいえ指摘した所で素直に聞き入れる人間はそういない。ムキにはならず穏やかに説得するのが一番だ。 「気持ちは分かるが、無理しすぎると倒れるぞ」 「平気だって。宿で寝た方が疲れも取れるし」  そ こ に 行 く ま で が 問題だと言っているだろうが。  頑として譲ろうとしない相棒に、リレイは思わず指で米神を抑えた。  共有された依頼書には移動範囲が広く、素材を集めるにも煩雑で困っているといった内容で記載されていた。危急ではないらしく期限に余裕もあるし、指定の魔物が季節性だという訳でもない。  何をそんなに生き急いでいるのかリレイにはいまいち理解が出来なかった。分かったところで、十中八九道中でぶっ倒れるであろう相棒を野放しにする気にはきっとなれないけれど。  軽く沈黙が下りる。  どうしたらこの男は大人しく止まるのだろうとリレイの頭はフル回転をしていた。 「ハーファ」  結局考えあぐねて、咎める声音を混ぜて声をかける。するとハーファは叱られた子供の様な顔できゅっと唇を引き結んだ。 「……リレイに付き合って貰ってんのに、野宿なんてさせられない」  予想外の理由に咄嗟の返答が出来なかった。  己の疲労のせいで足を止められないと、謎の責任感に突き動かされているらしい。 「そんな事気にしなくていい。俺も冒険者だぞ?」 「じゃあ、リレイだけでも村に。アンタの足なら着くだろ」  何がなんでも野営をさせたくないようだ。  だが疲労で上手く動けない仲間を放置するパーティが一体何処にあるというのか。万一ハーファが負傷で動けなくなってしまった時は担いで帰る覚悟をしている。予期できる疲労を避けずに倒れられるのは御免被りたいだけで、流石のリレイも仲間を置いて行く程の人でなしではないつもりである。  そもそもの話、パーティを組もうと言い出したのはリレイの方だというのに。 「それじゃパーティの意味がないな」  冒険者は持ちつ持たれつ、共に行動するなら尚更だ。  ……とはいえ、血の気の多い三馬鹿パーティのような手合いの手助けは御免だが。    リレイの言葉を受けたハーファは、くしゃりと表情を崩して一瞬だけ泣きそうな顔をした。 「ごめん……足、引っ張ってる……」  何の気なしに言った軽口がここまで相手に刺さるとは思わず、何も言えなくなってしまった。何かを堪えるように瞳を伏せるハーファの頭を無言で撫でる。  組んだパーティと長く続かないと言っていた事と何か関係があるのかもしれない。動き回る戦闘スタイルだというのに疲労しやすい特性を併せ持つのは、事情を知らない人間からすれば思うところもあるだろう。 「……やれやれ、仕方ない」  聞く耳が塞がってしまっていて説得が通じる気配もない。そんな意地っ張りには悪戯をしてやろうと思い直したリレイは、俯くハーファの顎をすくった。 「え? なに、んンっ!?」  困惑する顔に近付いて、その唇に自分の唇を重ねる。びくんと身が跳ねたと同時に両手が押し返そうと力を込めてきた。  けれど疲労に包まれたハーファの力は弱くて。抱き込んでしまえば殆ど抵抗を感じない。 「ん、う……ふ……」  ゆっくり魔力を流し込んでやると、ハーファの瞳がとろんと脱力していくのが見えた。少しずつ主導権を握っていって体の自由を奪う。しかしくたりともたれ掛ってくる体を受け止めた所で、一気に我に返ってしまったらしい。   「っ、な、何すんだよ急にぃッッ!!」    飛んでくる怒号と一緒に、元に戻ったらしい腕力で一気に引き剥がされる。  ふーふーと顔を真っ赤にしているハーファの瞳は、さっきまでのとろんとした様子から気の強いものに変わっていた。   ついさっきまでリレイに抵抗出来ないほどか弱かったというのに。普段はこんなに力があったのかと驚きながら両手を上げて相棒から離れる。突き飛ばされていたら吹っ飛んでいたかもしれないと思い至って、リレイは思わず苦笑した。 「俺の魔力を直接流し込んだんだ。疲労も多少マシになったと思うんだが?」 「え。あ……」  そう言われればと呟きながら、ハーファは己の手で拳を握ったり解いたりし始めた。  不思議そうに体のあちこちを見てみたり、腰を落として正拳を突くような動きをしてみたり、さっきまでの動揺を忘れたように体を動かしている。本当に忙しない男だ。 「これならハーファもすぐ動ける。辛そうな姿を見ているのも忍びないしな」  にっこりと満面の笑顔を作りながら言うと、さっきのキスを思い出したのかまた顔を赤くし始める。 「……うぅ……」 「そんなに気にすることか? 口付け如き初めてって訳でも……」  軽く言いかけて、続きの言葉が喉から出てくる前に解けて消えた。ハーファは地面を睨んで、視線を泳がせながら指で唇に触れている。 「……初めてなのか」  こくん、と真っ赤な顔が頷いた。  嫌なら拭ってしまえばいいのに。リレイ気を遣っているのか、そわそわと唇を気にするような動作がやけにいじらしい。    そんな顔をされると、もっと動揺させたくなってしまう。   「ハーファ……」  両手で頬を包む。流石に何をされようとしているのか察したようだ。 「うぁ、ちょ、まっ……んぅっ!」  慌てて距離を取ろうとしたようだったけれど、少しだけリレイの方が早かった。  口付けると一度だけひくんと身を震わせて、そのまま微動だにせず固まってしまう。ずるずると座り込んで行くハーファを追いかけて何度も啄むようなキスを繰り返す。  しばらくして視界に納めたその顔は、予想に反してとろんと溶けていってしまいそうなものだった。 「……そろそろ行こうか」  もっと動揺するとか、怒るとか、そういう反応をするものだと思っていたのに。何だか見てはいけないものを見てしまったような気分になる。  というより……キスが初めてだと言っていたし息が上手く出来なかったのかもしれない。 「さっきので腰でも砕けたか?」  しつこかったかもしれないと少し申し訳なく思いつつ、立ち上がる気配のないハーファをからかうように声をかける。するとぼんっと音がしそうなくらいの勢いで更に顔が赤くなっていく。 「ッ……! 砕けてねぇよ馬ッッ鹿!!」  ガバッと立ち上がって荷物を引っ付かんだハーファだったが、椅子代わりにしていた岩に足を取られてしまったようだ。  悲鳴を上げる間もなく、顔から地面に突っ込んでいった。

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