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10.誘い

 大蛇の後始末もそこそこに、リレイ達は遺跡を出た。  まず向かったのは神殿の探索許可を管理している教会。報告が上がるまで入口を閉じるよう上申しに行ったものの、窓口の神官は予想通り信じられないという顔を浮かべた。一行のホコリにまみれて傷だらけの姿に何かあったとは察してくれたようだったが、最後までどこか疑うような視線のままだった。  酒場に戻ってからはイチェストからの依頼完了手続きと、素材の引き取り交渉。グランヴァイパーの外皮や目玉は多少熱傷で傷や変成があったものの、その大きさから思った以上の買い取り金額になった。  ハーファの失言で敵意を向けてきていた魔術師達も、その様子を見て手の平を返したようにすり寄ってくる。少し素材を分けてやると嬉々として酒場を後にしていった。お抱えの工房へ持ち込むらしい。    依頼主側の手続きをしに残ったイチェストを待つこと十数分、ようやく手続きを終えてカウンターから戻ってきたイチェストは、三人に向かってぺこりと頭を下げた。 「同行ありがとうございました。やっぱり依頼しといて良かったです……ボロ負けして逃げ帰る所だった」  これは魔物討伐の御礼です、と小さな袋を取り出す。中には金貨が入っていた。そういえば依頼は調査の同行だけで、魔物は出ないという前提の金額設定だったか。 「オレの分はいい。イチェストの支援が無かったら役に立たなかった。トドメさしたのアイツだし」  イチェストからの謝礼金貨を押し戻しながら、ハーファは少し不服そうな顔でワースへ視線を向ける。 「そんなことない。俺じゃそもそも渡り合えないから」  にこにこと笑うイチェストの圧に押しきられて、ハーファは渋々金貨を受け取った。    ワースにも謝礼を渡そうとしているようだったが、結局何も渡せずに終わったらしい。深々と最敬礼をして、ハーファ達の所に戻ってくる。 「じゃ、報告書作んの頑張れよ」  しれっと言うハーファに、イチェストは一瞬笑顔のままで固まった。ぎぎぎぎと音でもしそうな動きでその方向を見る。イチェストの戦いはまだまだこれからのようだ。 「今だけでも忘れようとしてたのに……応援するくらいなら手伝えよぉ……!」 「嫌だ。オレ冒険者だし」 「ちくしょぉぉ……!」  だんっと机に両手をついて、哀れな神殿勤め人はずるずるとしゃがみこんでいく。  あれだけ派手に壁が壊れたのなら修復も必要だろう。そうなれば破損状況の調査測量も必要になるだろうし――どこまでイチェストの範疇になるかは不明だが、楽々出張どころか居残りなのではないだろうか。  ……思わず、リレイは心の中で合掌した。    報告書作成という事後処理の戦に赴くらしいイチェストを、ハーファは入口まで見送りにいく。  とはいえ入口に近いテーブルに居るのですぐそこなのだが。 「……なぁ、ハーファ。やっぱり神殿に帰って来ないか?」 「報告書は手伝わねぇつってんだろ」  しつこいぞと笑うハーファに、イチェストは真剣な顔で首を振った。 「違う。お前と一緒に戦うの、凄くやりやすかった。俺は防御専門だし、ハーファと組めたら攻撃も出来て心強い」 「え……」  ハーファは目を丸くする。  共に戦った仲間からの評価と、お前だから組みたいという言葉。パーティの仲間と仲違いしながらやってきたハーファが、ずっと欲しくても得られなかった言葉。それを旧知の人間に真っ直ぐぶつけられて戸惑ってしまったのだ。  それを見ていたリレイは、当然面白くない。 「アイツ……!」  リレイはこれを恐れていた。この光景が一番見たくなかったのに。  観察したいからパーティを組もうと持ちかけられるより、認めてられて戻ってこいと言われる方が嬉しいに決まっている。戦う人間が実力を認められてとくれば、それはそれは心がぐらつくだろう。  一番嫌な形でイチェストがそれを口にしてしまった。このままではハーファが取られてしまうかもしれない。ダンジョンで連携を取っていた二人の姿が重なり、カッとなって割って入ろうと立ち上がった――のだが。   「トール」  ぐいっと腕を引かれて前に進めなかった。   「何だ、用が済んだならさっさと帰れ」  振り返って邪魔者を睨み付けた。しかしワースはそんな態度をものともせず、真っ直ぐにリレイを見つめている。 「一緒に戻ろう」  ……言葉の意味が、理解出来なかった。 「は? 何言って」 「家に戻ろう、トール」  咄嗟に言葉が出ない。  弟であるワースは知っているはずだ。何故リレイが暮らしていた家を出て冒険者になったのか。事情を知っていてそんな事を言うのかと、少しばかり腹立たしく思った。 「……嫌だ。不良品の居場所なんて、あの家にはないだろ」    ――国に仕える騎士の家。剣術と魔術を併せ振るう魔法剣士の血統。  リレイはその家の、一番最初の子供だった。  体格も貧弱で小さかったけれど、成長すれば変わると皆が信じていた。魔術師の家系である母親の影響か魔術は幼い頃から認められていたし、父親の能力である【連結】も受け継いでいた。今は振るえぬ剣も、努力すれば扱えると思っていた。   ……けれど、齢が10をこえても惨めな小さい体のままだった。  今までリレイに気を遣っていたのか見ているだけだった弟も修行をさせられるようになって――あっという間に追い抜いていった。  恵まれた体は舞うように剣を振るう。魔術もリレイ程ではないが優秀な成績で修めていった。その上【連結】の能力も持たないのに、騎士の剣術と魔術を組み合わせ立ち回る魔法騎士の称号を得た。  その瞬間、リレイは完全に弟の下位互換になってしまったのだ。   「何があっても、お前の居場所はあの家だ」 「うるさい……」  あんな場所が居場だなんて思いたくない。会いたくなんかない。  気遣わしげな視線ばかり寄越す家の人間にも、穀潰しだと陰口をたたく使用人にも、落ちこぼれた途端辛く当たるようになった父親にも、リレイのなりたかった魔法騎士になった弟にも……全て捨てて逃げ出した情けないリレイ自身の記憶にも。 「大切なものも置いてきているだろう。気にならないのか? どうしているのかと思わないのか」 「うるさいうるさいッ!! 黙れ!!!」  向けられる言葉が痛い。耐えられずにリレイが大声を上げると、周りの視線が集まってくる気配がした。ハーファも驚いた様子でこっちを見ているのが視界に映る。    見られたくない……こんなみっともない所を見せたくなんかないのに。  笑えばいい。いつもみたいに笑って、あしらえばいい。けれど弟面をして踏み込もうとしてくる目の前の男にリレイの心が拒否反応を起こし始めて、顔の筋肉が思い通りに動かない。ぐるぐると沸いてくる嫌悪感のあまりの強烈さに吐きそうだ。 「……トール。一緒に帰ろう。あの人も待っている」  ずくりと、触れられてもいないのに鳩尾が痛む。  泣いても、拗ねても、癇癪を起こして暴れても、最後まで優しかった人。何度も何度も嫌いだと言ったけれど、何度も何度も自分は大好きだと返してくれた人。  逃げろと鳥籠から解き放ってくれた人……リレイが捨てた、大切な人。 「っ……離せッ!!」  帰ってたまるものか。  やっと逃げ出したんだ。自分の道を歩けるようになったんだ。何があっても二度と戻るなと言ったあの人の悲しい優しさを、絶対に無駄にしたくない。 「トール!」  しつこく食い下がってくる弟を振り払おうと、リレイは腕を力いっぱい暴れさせるがびくともしない。非力な自分が今日ほど恨めしい事はない。  ……本当に……腕ごと吹っ飛ばしてやろうか。   「おい! 嫌がってんだろ!」    思わず杖を抜いた所に、ハーファが見かねて割って入ってきた。あれだけ外れなかったワースの手があっという間に外されて、暖かい手がリレイの手首をぎゅっと強く握る。 「他人のお前に関係ないだろう」 「コイツはオレの相棒なんだ! 勝手に連れてかれたら困るんだよ!!」  威嚇するような顔を浮かべるワースにハーファも上等だとばかりに睨み返す。  喧嘩か喧嘩かとざわつく周囲だが、剣の柄に手がかかる事も拳が握られる事もない。ただただ静かに睨み合いが続いている。 「……ハーファの言う通りだ。さっさと帰ってくれ、騎士殿」  暖かい温度に背を押されて、真っ直ぐにワースを見据えて言葉と杖を向けた。しばらく何か言いたそうにしていたが、わざとらしく杖の先に魔力を集めるてやると諦めたように酒場を出ていった。 「大丈夫か?」  ハーファの瞳が目の前にやってきて、ほっと力が抜ける。  リレイの腕を捕まえたままのハーファの手にそっと反対の手のひらを重ねると、ごめんという言葉と一緒に慌てた様子で離れていってしまった。 「ありがとう、助かった」  リレイを見るハーファの顔は何か言いたげだ。 「…………早く、宿に帰ろう」  けれど何も言わずに視線は外れて、ハーファも足早に酒場のドアをくぐっていってしまった。

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