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09.戦闘

 あっという間に対象との距離を詰めたハーファは間髪入れずに攻撃を仕掛けた。  地中を移動する魔物は外皮の硬い魔物が多い。それを警戒して衝撃を生かした技を繰り出した……が、それは貫通する事はなく上方向に弾き飛ばされてしまう。 「いっっってぇぇぇぇ! 蛇のくせに硬すぎだろ!?」  ハーファは喚きながら空中で姿勢を変え着地した。器用にあちこちへ回転跳びを繰り返して大蛇の攻撃をかわし距離を取っていく。と、その後ろから小さなグランヴァイパーが飛び出してきた。どうやら子連れだったらしい。 「一瞬止まれ、ハーファ!」 「お前何言ってる! あんな所で止まったらいい的だろうが!」  留まる様に叫ぶイチェストの言葉に「えっ」と困惑する短い声が聞こえたが、リレイの抗議が響く中でハーファは大人しく防御姿勢でその場に留まってしまった。子蛇がここぞとばかりに動きを止めた人間へ牙を突き立てようと飛び掛かっていく。 「ハーファ!!」  薄い守護壁一枚で子蛇の攻撃を何とか凌いでいる。助けようと慌てて術の詠唱を始めるが、焦りで魔力の制御が上手くいかない。ハーファとの距離が近すぎて、巻き込んでしまうかもしれないと思えば思うほど出来るはずのコントロールが失われていく。  リレイが苦心している内に、いつの間にかイチェストが始めていた追加詠唱が完了したようだった。 「よーしっ、ぶっ飛ばせぇ! 全反射装甲(アルファレクト)!!」  勢いよく響く声と同時にハーファを包む守護壁が性質を変える。一瞬光が走ったと思えば攻撃を繰り出した子蛇たちが逆に弾き飛ばされていった。反撃に動いたハーファの拳が変質した守護魔法の光を纏って子蛇を蹴散らす。先程はびくともしなかった親であろう大蛇に対しても、術を重ね掛けされるにつれ攻撃が通るようになっていく。    反射防御を応用した攻撃支援呪文――神官兵が使用するという事は知っていたが、リレイが本物を見るのは初めてだった。 「……守護魔法の詠唱が恐ろしく早いな」  際限なく湧いて出てくる子蛇を焼きながら、隣で詠唱を続けるイチェストの姿にリレイの違和感が膨らんでいく。  攻撃はからっきしだと本人が言っていたが、それを補うように守護の術を繰り出すスピードが桁違いに早い。回復や支援も手広く習得している分それぞれの練度は低いだろうに、待機時間がほぼ数十秒という短さで詠唱を繰り返している。  反射攻撃を行う術式はそんなに単純ではないはずなのに。それでもこの広間の結界を保ちながら、疲れる様子もなく術を繰り出していく。 「ハーファ! 回復唱えるから、いいって言うまで深追いすんなよ!」 「了解!」  イチェストの声に反応し、ハーファは大蛇から距離を取った。    ――連携が、とれている。つい昨日再会したばかりのはずなのに。  まるでずっとそうしてきたかのように二人で連携を取りながら攻撃と回復を繰り返していく。動き回るハーファの支援に、術のコントロールが取れないリレイの入る隙間はない。放つ術を当てまいと必死で周りの子蛇を蹴散らす程度しか出来やしない。これではまるで。 「……誰が相棒か分からないな……」 「よし、攻撃しようぜハーファ!」  自嘲するリレイの声はイチェストの掛け声に掻き消されていった。  大蛇との戦闘は長期戦になってしまっている。  元来守備力の高いグランヴァイパーだが、年経たせいか装甲が通常よりかなり硬くなっているらしい。ハーファ本人の攻撃は全く通っておらずイチェストのかけた反射攻撃呪文でダメージを与えているが、肝心の大蛇の攻撃力はそこまで高くないため反射ダメージも奮わない。巻き付かれて締め上げられれば別だろうが……あまりにも危険すぎる。  二人がかりで何とか一人分のダメージを与えているのだ現状だ。  魔法攻撃には弱い種だが、肝心のリレイは壁を崩しながら湧いて出る子蛇を蹴散らすだけで精一杯だった。大蛇の周りで戦うハーファに当てまいとする中で、あの巨体を退けられるだけの威力を持った術を放てるとは思えなかったのだ。  ふと大蛇を相手にしにきたはずの男が全く剣を振るっていない事に気付く。軽く子蛇をあしらうだけで、やる気も何もない。 「っ……ワース! ちゃんと戦え!! 出来るだろうが!!」  思わず長年会っていなかった弟に向かって怒鳴っていた。  せめてお前が子蛇を引き受けてくれればハーファの援護に入れるのにと、八つ当たりにも近い感情で。    ちらりとリレイを見たワースは、すっと剣を構えた。  踊るように子蛇を蹴散らしながら大蛇の方へ向かっていく。ハーファの隣を抜けて鱗へ剣を突き立て、何度か切りつけると一部の鱗が少しだけ剥がれた。 「装甲が剥がれた所を狙え」  ワースの言葉にハーファは少し驚いた様子だったが、素直にこくりと頷いて距離を取る。助走をつけて鱗のない場所にねじ込まれた拳は大蛇に地鳴りのような悲鳴を上げさせた。ワースが更に何ヶ所か装甲を剥がし、ハーファがそこを狙って攻撃していく。  いくつかの箇所で装甲を無力化した後、ワースはリレイの横へ下がり詠唱を始めた。 「なっ……!」  攻撃する気だと集めている魔力の気配ですぐに分かる。火だ。大量の火の魔力を集めて圧縮している。  前衛まで術の巻き添えにする気かと叫びそうになった瞬間、詠唱が終わってしまった。  集まった魔力が瞬時に強烈な炎の塊になり、蛇に変化してグランヴァイパーとハーファを飲み込んでいく。魔術を無効化する障壁を張ろうとしても、魔力の高くないハーファの気配は炎の魔力にかき消されて見えなくなってしまった。  呆然としている間に炎は消え、大蛇は唸り声を上げながら鎌首をもたげた。食らった魔術で鱗がかなり剥がれ、露出した部分が爛れているがその目は真っ直ぐにワースを睨んでいる。 「しつこいな……抵抗力も高くなっていたか」  剣を構え直したワースに向かって、大蛇は咆哮を上げながら飛び掛かる。その横っ面をハーファの跳び蹴りが吹っ飛ばした。どうやら火傷で爛れた部分に当たったらしく、大蛇はぱりぱりと何かが剥がれるような音を上げながら苦しげにのたうち回っている。  一方、現れたハーファには火傷どころか傷ひとつない。 「リレイ! 追撃っ……!」  少し息を切らせたハーファの声がリレイを呼ぶ。  けれど、リレイは動けなかった。  あれだけの術に飲み込まれてハーファが生きていた安堵と、魔術師でもないワースがそれをやってのけた驚きと、怖れに負けて手をこまねいていた情けなさと。一気に流れ込んだ感情に震える手と頭を、動かす事が出来なかった。 「何をしている! トール、援護!」  一向に動こうとしないリレイに痺れを切らせたのか、ワースが声と共に剣を水平に薙いで構える。   「剣――」  昔、同じ動き見たことがある。  ワースと同じ魔法騎士である父親の技を。剣に魔力を纏う奥義の一太刀を。  二人がかりだけれど、あれを再現しようというらしい。 「ッ……!」  ぎゅうっと杖を握りしめる。  思い出したくもない。弟に負けて逃げ出した時の事なんて。背を向けた道の事なんて。期待されたけれど応えられなかった、情けない思い出なんて。  ……けれど、いつまでも逃げ続ける訳にはいかない。早くケリをつけなければ。 「どうしていた……どう魔力を流していた……」  自分の中に沈めていた記憶を掘り起こして、リレイは必死に辿る。  思い出せ、思い出せ。失敗すればワースごと吹き飛ばすかもしれない。寸分の狂いもなく思い出せ。  あの日の自分はワースと一緒に見ていたはずだ。父の作り出した魔力の流れを、その流量を。思い出せ。あの通りに、見た通りに。    咆哮が響く。前を見ると大蛇がワースに向かって大口を開けていた。だというのに剣は水平に保たれたまま微動だにしない。  ――待っているのだ。リレイの援護を。 「ッ……腕ごと吹き飛ばされても文句言うんじゃないぞ!!」 「腰の引けたお前の術ごときで負傷させられると貰っては困るな」  ちらりと振り返ったワースは、口角を挙げて薄く微笑んだ。リレイの震える杖から放たれた魔術を刀身で受け、切っ先を水平方向にスライドさせる。抗わず、流れに沿って、刃で魔力を梳かすように、導くように。  一瞬だけその背中にあの日の背中が重なった――瞬間。  大上段に構えられたワースの剣が炎を纏う。  向かってくる口へ垂直に振り下ろされた刃が鼻先へ食い込み、大蛇の絶叫が響き渡った。勢いのついた巨体は勢いを殺せぬまま斬りつけられた頭の方へ自ら押し寄せてくる。炎の斬撃がその肉を焼き焦がしながら、長い体を両断していった。    魔法剣。  リレイとワースの家に伝わる、魔法剣士の奥義のひとつ。    大蛇は体を真っ二つに両断され事切れていた。赤かった目玉は白く濁り、断面から流れ出した赤黒い血液が血だまりを作り広がっていく。鉄臭い血の臭いと、蛇にも関わらず漂う獣の肉が焼けた臭いが混ざって鼻につく。  あれだけ沸いていた子蛇の姿はもう影も形もない。ひょっとしたら子供ではなく分身だったのだろうか。 「ああ……派手……破損がめっちゃくちゃ派手……」  か細い声にそちらを向くと、先程まで魔物に聖地を壊されて逃がすものかと気炎を吐いていた男だった。いつの間にか結界の手当てはされていたが、壁の物理的な破損がなかなか激しい。  ぽっかりと開いた外壁の大穴を眺めながら、イチェストはへなへなと座り込んでしまった。  

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