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12.衝動と贈り物
焦るなと、早まるなと冷静な自分が呼び掛けてくる。
けれど舞い上がってしまったリレイは自分を制する事が出来なくなってしまっていて。
「ハー、ファ……もっとしたい……キスよりも深い事を、もっと……」
耳元に唇を寄せて囁きながら耳輪を食む。衝動に任せて耳の中を舌で撫で始めた瞬間、ぐいっと押し戻された。
「な、なに……何言ってんだよ馬ッッ鹿!!!」
ハーファの顔は相変わらず赤いが、その表情は既に正気に戻ってしまっている。それに釣られるように自分も正気に引きずり戻されて一気に恥ずかしさが溢れてきた。
「しっ、仕方ないだろ。最後までしたくなったんだ……」
「さ、っ……!? お、男同士だぞ!?」
恥ずかしさに流されまいと開き直ると、ハーファは真っ赤な顔のままもっともなことを諭すように言い出した。今更だ。本当に。
「男同士でも口付けしてるだろ」
「そ、それは魔力を貰……っ」
最後のは違ったんだがな。
そう思いながらリレイが顔を近付けるとハーファはぎゅっと目を閉じる。抗議してくる割に不用心なその唇に口付けてやろうかと一瞬悪戯心が湧いたものの、さすがにそれはどうなのかと思い直して踏み留まった。
「行為の意味は違っていても、する行為そのものは変わらない。口付けしただろ。軽いのも、深いのも……初めてのも」
「へ、へりくつ……」
恐る恐るといった様子で目を開いたハーファは真っ赤な顔で視線を向けてくる。何だか少しその姿に安心した。
気持ち悪いと切って捨てられることだってあり得たはずだ。冒険者は自由な気性の人間が多いとはいえ、同性は対象にならない事だって普通にある。周りの人間が結んだ関係を受け入れる事と、自分が当事者になる事はまた別物だからだ。
ハーファもキスは理由があって受け入れたものだけれど、今のリレイについては嫌悪感の滲む瞳で睨み付けられる想定だって心のどこかにあったのに。
「1回だけでもいい……なぁ」
ぶわりとハーファの顔が一層赤くなった。動揺する瞳がゆらゆらと揺れながらリレイを見つめてくる。
……その表情に期待してしまう。ゆっくりゆっくり侵していけば、いつかリレイの元に落ちてきてくれるのではないかと。
からかうように覆い被さって、するりと下半身に手を滑らせる。筋肉でがっしりした太股を撫でるとひくんと震えた。可愛らしい反応で調子に乗って、太股の内側から股間の方へ指を滑らせた――その時だ。
「あっ、あっ、こっ、このっ……ドスケベ魔術師ぃぃ――っ!!」
限界に達したらしいハーファの声と一緒に見事な膝蹴りが鳩尾に入って。
声も出せずに、頭から崩れ落ちた。
カチカチと時計の音だけが響く部屋に、ハーファとリレイは向い合わせで正座している。
「……力加減が全く出来ず……申し訳ありませんでした……」
ずうん、とこの世の終わりでも見ているような顔でハーファが口を開いた。
助走のない至近距離とはいえ本職の膝蹴りを鳩尾に食らったリレイは、一気に行動不能状態に陥ってしまっていた。
前衛と後衛の違いはあれど、まさか一撃で昏倒を通り越して行動不能になってしまうとは……ハーファはさぞ驚いただろう。リレイ自身もあまりの打たれ弱さに驚いているのだから。
「こちらこそ調子に乗ってわいせつ行為を働き、誠に申し訳ございませんでした……」
キスすら初めてだったハーファ相手に何を迫ろうとしていたのか。懐いてくれているのを、はっきり拒絶されないのを良い事に、好き勝手に体に触れて。
しん、と再び沈黙が下りる。
「ほ、ほんとにゴメンな……痛かったよな……」
自分がされた事より仲間を全力で蹴り飛ばした事の方を気にしているらしい。リレイを心配しておずおずと見てくるハーファに、今更ながら良心をブスブスと滅多刺しにされているような気がする。
「それは大丈夫だ、ハーファの気付け薬も効いたし」
胃の中身が全部出そうになるほど不味かったがな……それでも一気に目は覚めた。ダメージになる寸前で調整された極限のクソ不味さだった。
と、言ってはみたがハーファはしょんぼりしたまま。リレイが自分に気を遣っていると思われているのかもしれない。
どうしたらいいのか分からず、とりあえず頭を撫でてみる。けれどしょんぼりした様子でされるがままだ。
「……やれやれ、お子様に色のある話は早かったか」
「なっ……はぁ!?」
少しからかうように言うと、やっと表情が元に戻って胸を撫で下ろした。正座でじんじんと痺れ始めている足を何とか動かしてボディバッグから目的のものを取り出す。
「仕方ない、これで我慢する」
「わっ、なに…………腕輪?」
ハーファの左手首に通したのはうっすらと光を放つ銀の腕輪。港の工房で鉱石から作って貰ったものだ。
「お子様へのプレゼントだ」
本当は現在地の記録魔術を刻んで、観察対象であるハーファの行動を記録するつもりだったけれど。酒場で他の魔術師へ無意識に喧嘩を売る姿や、イチェストから昔話を聞いたりして考えを改めた。
ダンジョンで自分とはぐれてしまった時、必要なのは自分が安心するための情報ではない。
ハーファが無事であること、1人ではないことだ。
いざという時に自分の魔力がハーファを守れるように、あったけの守護の魔術を刻み付けている。流石に常時発動に出来たのはステータスの底上げと疲労軽減だけだったけれど。
「お子様お子様って……! そのお子様に蹴られて一発で沈んだくせに!」
……これ、何かある度に延々と言われるやつだな……。
苦笑しながらハーファの手を取って腕輪に手を掛けると、反対側の手が制止するようにリレイの手を押さえた。外されるとでも思ったのだろうか。
「ちゃんと肌身離さず着けておけよ。俺の魔術がお前を護るから」
決して外れないよう呪いを込めて、腕輪とそれを嵌めた左手の甲と指先に口付けた。口付けた場所を介してハーファに呪いを【連結】させた状態にすれば万全だ。
――外すなと言ってはいるが、元より腕輪を外させるつもりなどリレイにはないのだ。
それを知ってか知らずか、ハーファは顔を真っ赤にして振り払った左手を右手で握りしめていて。その手の平はしっかりと銀の腕輪を包んでいた。
「お返事は?」
「っば……ばかやろう……」
真っ赤な顔で憎まれ口を叩くその顔が、どうしようもなく可愛らしいと思ってしまった。
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