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第1話 アルファでオメガな俺
大学から外に出ると、あまりの暑さに嫌気が差す。
七月一日。このところ連日三十度を超える真夏日を記録している。
だから夕方だってのに暑い。
金曜日だから俺は知り合いがやってるバーに行く予定だ。
知り合いっつうか従兄だけど。
六月を無事過ごせたから乾杯するんだ。
毎月毎月、俺はビクビクして過ごしている。
それは俺の特性に起因するものだ。
六時すぎ、繁華街の中程にある半地下のバー、アポカリプス。ここが俺の父方の従兄である八束真弘 がやってる店だ。
真弘さんはアルファなのにオメガと番うことをせず、バーなんかやってるから親との仲は険悪らしい。
まだ時間が早いこともあり薄暗い店内に客の姿は無かった。
カウンターのみの小さな店で、真弘さんが気ままにやってる。
長く伸びた明るい茶髪を後ろで軽く縛った、二重の瞳の真弘さんは俺に気がつくとにこっと笑って言った。
「いらっしゃい、秋斗 君」
「こんばんはー」
挨拶しつつ俺はいつも座る端の席に腰掛ける。
「先月は無事過ごせたの」
言いながら彼は俺の為にカクテルを作ってくれる。
真弘さんの好みで決まるので何が出されるのかわからないけど、俺はそれが楽しみだった。
「夕飯は食べてきたの?」
「ううん、まっすぐ来たから食べてない」
「食べないと駄目だよ。ちょっと待ってて。大したものはないけど」
そう言って出してくれたのは、肉じゃがとおにぎりだった。
「どうしたの、これ」
「お昼の残り。おにぎりの中身は鮭だよ」
「ありがとうございます」
礼を言い、俺はおにぎりを手にしてかぶりついた。
「明日、病院でしょ?」
「うん。そうなんだけど飲まずにいらんないし」
俺は月初めに一度、病院に行っている。
「アルファでオメガって、珍しいもんねえ。でも発情期が来る気配、無いんでしょ?」
他に人がいたらこんな話できないし、っていうかそもそも誰にも言えないことだ。
俺の両親はアルファとオメガだ。だから俺はアルファであるはずだった。なのになぜかアルファとオメガという両方の性質を持って生まれてしまった。遺伝子的な問題らしく、薬でどうこうできるものでもないし症例も少ないため子宮をとる手術もどうするか話し合っている所だ。
おかでげ俺は中学生の時から月に一度病院に通っていた。
オメガとして、もしかしたら発情期がいつか来るかもしれない。
だから俺は特定の相手がいないし、というか誰とも付き合える気がしなかった。
「俺、誰かと付き合えるのかなー」
出された食事を半分食べた頃、真弘さんが作ってくれたカクテルが目の前に置かれる。
赤いカクテル……これ、カシスかな。
「カシスソーダだよ。『貴方は魅力的』って意味があるんだ」
「なんだよそれ、初めて知ったし」
言いながら俺はグラスを手にして口をつけた。
「もし発情期が来るようなことがあったら僕が面倒見てあげるから」
「えー? 俺、できればアルファとして生きたいのにー」
ぼやきながら俺はカクテルを半分ほど飲んだ。
本来なら、アルファもオメガも十八になると見合いを国から斡旋される。
じゃないと互いに出会う機会がないからだ。俺にも見合いの話はある。だけど俺は断ってばかりだった。それはそうだ。俺はアルファでオメガ。
いつオメガとして発情するかもわからないのに誰かと付き合えるかって思うと踏ん切りがつかないでいる。
俺だって番が欲しい。
俺には五歳上に兄がいるけど、兄はとうに番を持っていて共に暮らしている。
正直うらやましい。
そして目の前にいる真弘さんもアルファだ。でも番はいない。
だから番にするっていうのは冗談では済まないんだけど……俺には発情期がきそうにない。ていうか来ないでほしい。このまま発情期が来なければ俺はアルファとして生きられるし堂々と番を持てる……たぶん。
「ねえ真弘さん、カクテル、おかわりちょうだい」
すると真弘さんはすぐに別のカクテルを用意してくれる。
「なんで真弘さん、番もたないの?」
「好きなことして好きな風に生きたいからだよ。オメガに縛られる人生も悪くはないと思うけど、僕には合わないかな」
オメガに縛られる、っていう考えは俺には理解できないけど、まあアルファの大半はオメガを閉じ込めるっていうし家からも出さないヤツがいるっていうしな。
「考え方だけど、本能に従って生きることに僕は抵抗があるってだけ。まあ、僕には弟がいるし、相手もいるから孫の心配はないはずだよ」
言いながら真弘さんは笑う。
俺は今の所番のいるオメガにしか会ったことないから本能に抗えない、って感覚がわからない。
アルファである真弘さんに惹かれることはないのは親戚だからなのか別の理由なのかもわからないけど。
他のアルファなんてあんまり知らねえからな……
「孫ねえ。そう言えば兄貴の所、もうすぐ生まれるって言ってたっけ」
アルファとオメガの夫婦は総じて結婚出産が早い。
俺は二十歳で叔父さんになるってことだ。
すげえな。俺、二十五で親とか考えらんねえけど俺の両親はもう少し結婚が早かったのを思い出す。
違うカクテルが用意され俺の目の前に置かれた時、扉が開く音がした。
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