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第2話 知りたくなかった匂い

「いらっしゃいませ」  真弘さんのビジネストーンの声が響く。  入って来たのは、二十代半ばっぽい男性だった。  俺より少し、背は高そう……百八十ちょっとはありそうだな。  照明が暗いからわかりにくいけど、茶色っぽい髪に眼鏡をかけている。  彼は俺の方を一瞥し、不思議そうな顔をして俺と二つ離れた席に座る。 「モヒートを」  低く響く声で言いながら、彼は真弘さんからおしぼりを受け取る。  お客さんが来たんじゃあ話をするわけにもいかず、俺はスマホを手にしてゲームを開く。  その時初めて気が付いた。  匂いがする。  何の匂いだろう。  甘いんだけど……少し爽やかさを感じる匂い。  今まで感じたことのない匂いに俺の中で何かが崩れる様な感じがした。  ってなんで?  この匂いはまずい。でも何がまずいのかわからず、俺はカクテルを飲みながらゲームに集中することにした。 「お待たせいたしました」  という真弘さんの声が聞こえる。  何だろう、心臓がバクバク言い始めてるんだけど?  この匂い……もしかしてあの人の匂い?  もしかしてアルファ? オメガ……はねえよな、この見た目で。  オメガってもっと小柄な奴が多いって言うし。  こんな感覚初めてだ。 「真弘さん、水貰える?」 「あぁ、ちょっと待ってて」  すぐに真弘さんが水の入ったグラスを俺の前に置いてくれた。それを口にして大きく息をつく。  これは早く帰った方がいいかも。俺は一気に水を飲み干すと、真弘さんに金を払いそそくさと店を出た。  真弘さんに大丈夫か聞かれたけど、笑って誤魔化してきた。  半地下の店なので通りに出るには階段を上らないといけない。  外に出るとっむわっとした空気が肌に纏わりつく。  額から汗が流れるけれどこれは暑さのせいだけじゃないだろう。  俺の住むマンションはここから歩いて十分ほどだ。  俺は階段を目の前に胸を押さえて大きく息を吐く。  身体の奥底が熱い。  何なんだこれ。こんなの初めてだ。  まさかこれが発情……?  だとしたらやばい。  発情したオメガはアルファをひきよせてしまうっていうし、もし帰る途中襲われたら……?  やばい想像しかできねえじゃねえか。  さすがに嫌だぞ、襲われるの。戻って真弘さんに縋る? でも店内にはあの男がいるしな……  階段下でうずくまっていると扉が開く音が聞こえてきた。  真弘さんかと思い振り返ると、全然違う相手が立っていた。 「あ……」 「大丈夫?」  伸ばされる手と纏わりつく匂いに歯がカタカタと鳴る。 「秋斗君……その匂いまさか……」  男の声に続いて聞こえてきたのは真弘さんの声だった。  こんな姿真弘さんに見られたくない。  早く帰らないと。 「お、俺は大丈夫だから」  伸びてきた手を振り払い、俺はその場から逃げるように階段を上り通りへと出た。

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